UnderTale

□束の間の夢を見る
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 人間とモンスターが争いを起こし、長い戦いの末、人間が勝利を手にした。
モンスターの力を怖れた人間たちは、魔法を使い、彼等を地下深くへと封印した。
封印されたモンスター達は、それでも、地下世界で平和に過ごしていた。

これは、とあるスケルトンの日常に起きた、ほんの小さな偶然のお話───























 太陽のない昼に、月のない夜──
地下世界に、明確な朝と夜はない。モンスター達の生命線とも言える『コア』により、擬似的に作り出されているだけだ。
人工的に作り出された世界に……太陽や月、星のない世界に虚しさを覚えないわけではないが、地上世界を渇望するほど、悪くない世界だとサンズは思っている。

 ホットランドにある研究所──ラボ
研究資料の整理を終えたサンズは、コーヒーの入ったカップを片手に、小休憩していた。
その傍らには、つい先程まで閲覧していたであろう、膨大な量の書類が積まれている。
その量を見てわかる通り、研究者の仕事内容は膨大だ。
天才と言われるガスターが開発した『コア』の管理から、地下環境保持のためのテクノロジーの研究……やることは山程ある。
 地下世界という、限られた範囲世界を普遍的に保つというのは難しい。
今でこそ、ガスターが『コア』を発明したため、モンスター達の生活が楽になったが、発明される前は、相当悲惨な状況だったと言われている。
モンスターの生命活動を続けるためには『soul』を保つための魔力が、十二分に必要だが、有限である地下世界では、同じく、魔力も食糧も有限である。
魔力確保のために、ガスターらを含める数人の研究者が、どれ程奔走したか……。
当時に比べると、今の生活は随分と楽になったものだ。

 湯気のたつコーヒーを飲みながら、何をするわけでもなくボーッとするサンズ。
その頭を、気配を殺したガスターがバインダーで軽く叩いた。


「サンズ君、休憩中かな」
「ガスター博士か。書類のまとめが終わったんで、ちょっと休んでました」
「あの量の書類を、もうまとめ終わったのかい?随分と早いね」
「博士直々にしごかれてますからね、これくらいは出来ないとダメでしょう」


 それは確かに。バインダー片手にクツクツとガスターが肩を震わせて笑う。
そして、そのまま休憩するためか、ガスターはサンズが使ったコーヒーポットでコーヒーを作ると、彼の目の前にあるパイプ椅子に腰掛けた。


「それで、最近パピルス君はどうしてる?」
「相変わらず手がかかりますが。この前、友達と初めて料理を作った!なんて言って、パスタを作ってくれましたよ」
「ほぉ、それはいいじゃないか!
 是非私も食べてみたいものだね」
「いや、アレはやめた方がいいですよ、博士」


 パピルスの手作り、という単語に目を輝かせたガスターに対し、サンズは苦笑いを浮かべて静止した。

 今まで料理の"り"の字もなかったパピルスが、一夜で料理上手になれる訳がない。可愛い弟が作った物のため、完食はしているが、パピルスが作ったものでなければ、廃棄確定だ。
弟のことならば何でも良しとするサンズにしては珍しく、目を反らしながら苦笑いを浮かべている。その姿を見て、相当な味なのだなと、ガスターは冷や汗を流した。


「ま、まぁ、仲が良さそうで何より
 君が家に帰っているのを、あまり見たことがないからね。もしかして上手くいってないのかと心配してたんだ」
「……それは、あんたもそうじゃないか、博士」
「Ahー……ははっ、違いないね」


 ブーメランだったか。図星をつかれたガスターは、じと目で見てくるサンズから逃れるかのように、サッと視線を反らした。
視線を反らしたガスターを見て、サンズはため息をつく。

 王室所属の研究者。天才と言われる科学者─W.D.Gaster
研究熱心な彼は、没頭しすぎるあまりに食事や睡眠を取ることをしばしば忘れる。
ガスター専用の研究室に、仮眠用のベッドが置かれるくらい重症だ。頭痛が痛い、と言いたくなる状況に、何度なったことやら……
と、かく言うサンズも研究熱心な方であるとは自覚している。血は争えないとはよく言ったものだ。


「そういえば、最近また新しい発明に取りかかっているそうですね
 次はどんな大事(おおごと)を持ち込むつもりですか、博士」
「まるで私が、常に事件の発端のような言い草だね。否定はしないけど」
「自覚している分質が悪いです」
「Haha!自覚していないよりもましさ!」


 声を上げて笑ったガスターは、残りのコーヒーを飲み干した。悪びれもない笑顔に、まぁいつものことか、と、諦め顔でサンズもコーヒーに口をつけた。
口をつけた瞬間、砂糖を入れていないためか、思っていたよりも強いコーヒーの苦味がサンズを襲う。
そのあまりもの苦さに、彼の顔が苦虫を潰したかのような顰めっ面になった。
そのまま、おもむろにシュガーポットから2個ほど砂糖を取って、ぬるくなったコーヒーへと入れる。ぽちゃんと軽い音を立てて浮かんだ角砂糖は、ほどなくしてその形を崩していった。


「まぁ、そんなことは置いといて……
 サンズ君は耳が早いね、僕が新しい発明品を作っているなんて」
「貴方の行動は筒抜けですよ、なんせ、研究者皆、貴方の行動に敏感ですから。

 というか、スケルトンに耳なんてありませんよ」
「ナイス突っ込みだ!
 まったく、内密に研究ができないなんて……プライバシーの"プ"の字もないなぁ」
「発明の発表が、遅いか早いかの違いじゃないですか
 だいたい、俺が博士の発明品の実験に付き合うことになるんですから、バレても問題はないでしょう」


 苦味が抑えられたコーヒーに、ようやくサンズの表情が穏やかになった。

 そのまま二人は、しばらくの間談笑を続けた。15分にも満たない時間だったが、研究の合間の休憩にはちょうど良い時間だ。
サンズは、飲み干したカップを洗うと、ガスターが飲み干したカップもついでに洗い、乾燥棚に片付けた。
部屋に備え付けられている時計に視線を向けると、時刻はだいたい夜の11時、だろうか。
ラボに篭っきりのサンズにとって、時間という概念は、存在しているようでしていない。
熱中しすぎるあまりに時間を忘れてしまうのだ。
これでは人のことを言えないな……。誰に言うまでもない独白を胸の内でぼやきながら、サンズは苦笑いを浮かべた。


「さて、私はもう少しここに残るけど、君はどうするんだい?」
「俺は先に帰らせていただきます。今夜は、一緒に飯を食おうと約束していたので」


 「そうかい」ガスターは、どこか微笑ましそうに言うと、サンズへ一枚の封筒を渡した。
疑問符を浮かべるサンズは、しかしごく自然な流れでそれを受け取る。
ズシッと重みがのし掛かる両手に、彼は嫌な予感に襲われた。


「じゃあこれ、明日の昼までに整理よろしく★」
「貫かれたいかオッサン」


 いい笑顔で言い放ったガスターに、サンズの骨攻撃が繰り出されるまで、そう時間はかからなかった。






















 真っ白。
ただそれだけだ。
上も下もないような不思議な空間に、サンズは一人で立っていた。


(ここは……何だ?)


 ラボから自宅へ戻り、弟が作った(ある意味)スペシャルなパスタを食べて、ベッドに入ったのが、つい先程までのサンズの記憶だ。
記憶違いでなければ、この不思議な空間に入った覚えはない。
コアに似たような空間に思えたが、ガスターの実験に付き合う時以外、入る必要はない部屋だ。
わざわざ入ることはないだろう。ましてや、ベッドから動いた記憶もないのだ。


(とりあえず、出口を探さないといけないな
 これが夢なら、何もしなくても覚めてくれるとは思うが……)


 何もしないのは性に合わないのか、出口を探すため、サンズは歩き出した。
上も下もないように見えたが、しっかりと地面はあるらしい。歩く度にカツカツと、固い床と骨がぶつかる音が響く。

 歩けど歩けど、真っ白なだけだった空間には、いつの間にか輪郭が浮き上がっていた。
ぼんやりと浮かび上がる景色は、どこかの教会を彷彿とさせる。

 気づけばサンズは、大きな窓ガラスのような物の近くまで来ていた。それまで気付かなかったが、真っ白な服を着た人形の影が、窓の縁で肘をついているのが確認できた。
夢にしては妙なことだ、自分以外の存在がいるなんて。そう思いながら、サンズはその『人物』へと声をかけた。


「なぁ、おい、お前は誰なんだ」
「……あら、珍しいこともあるものですね
 『こんな所』にお客様がいらっしゃるなんて」


 鈴が転がるような声とは、このことを言うのだろうか。

 まるで、サンズの言葉など聞こえていないかのように、独り言のように喋った人物が、くるりとサンズへと振り返る。
目元まで伸びた真っ白な髪、肌は透けるような……否、雪のように真っ白な色をしている。
所々に巻かれている包帯が、妙に生々しい。


「私はアリー、貴方のお名前は?」
「……サンズ、ただのしがいないスケルトンだ」
「そう、サンズ……サンズさん、ね」


 アリーと名乗った少女は、確かめるように何度もサンズの名を繰り返した。その様子は、まるでサンズの名前を記憶に刻み付けるかのよだった。そんな様子の少女を、サンズはじっと観察する。

 ここはきっと、自分の夢……のような場所だろう、だが、彼女のようなモンスターは、今まで出会った記憶がない。
首を傾げるサンズに気付いたアリーが、クスリと笑みを浮かべた。


「記憶にないのに、何故夢の中へ出てくるのか……そう言いたげそうですね」
「あんた、エスパーか」
「エスパー、何てものではありません、ただ少し、そういうものに敏感なだけです」
「そうかい……
 ところであんた、出口を知らないか? 夢なら夢で自然と覚めるだろうが、そんな気配がないんでな」
「出口、ですか」


 掴み所のない笑みを浮かべる少女に、少しの不信感を抱きながら、サンズは出口を訪ねる。
すると、今まで笑みを浮かべていたアリーが、きょとんとした顔をした。そんなもの、初めて聞いた。まるでそう言わんばかりの顔だ。
嫌な予感が、サンズの頭に過る。


「おい……おいおいまさか、ここに出口はないって、言うんじゃないだろうな?」
「さぁ……少なくとも私は、ここから出たことがありませんので……
 そもそも、ここに貴方のような者が来ること自体、有り得ないのですよ」
「有り得ない……? それは、いったいどういう……」


 それに、出たことがないというのは、どういうことだろうか。

 疑問がいくつも浮かんでくるが、それが言葉になる前に、サンズの視界がぼやけてきた。
はっきりと見えていたアリーの顔が、ぼんやりとした輪郭になっていく──
強烈な眠気のようなものを自覚した時、既にサンズの意識はなくなっていた。










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「あら……消えてしまいましたね」


 誰もいなくなった真っ白な空間で、アリーはポツリと呟いた。
教会のような輪郭が浮かんでいた空間が、ぐにゃりと、いびつな形に歪む。もとの形を忘れてしまったかのように歪んだ空間は、次の瞬間、真っ赤な花畑のような景色に切り替わっていた。


「不思議なかた………
 いったい彼は、何者なのでしょうか………」
──ここにはだれもこれないというのに


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