短いお話T
□あなたが知ってくれてなくとも
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「私の名はオオクニヌシ、コンゴトモヨロシク」
──オオクニヌシという名の悪魔が、その感情を理解するのに時間はかからなかった
最初は、ただ単に仕えるべき主と共に行動する、珍妙な人間という認識だった
だが、悪魔と対峙するときに冷徹な反応をする主──人修羅が、その人間と接するときだけは、凍てついた氷のように冷たい雰囲気を、僅かに和らげていたのだ
それは、戦闘の最中、常に緊迫した面持ちの人間にも言えることで──
何故、己の主は、それほどまでにその人間に心を許すのだろうか。そう疑問に思い、気がつけば、ずっとその人間の姿を目で追っていた
人修羅と接している時、彼女は常に笑顔だった
受胎により荒れた世界に、他の人間はほとんど存在しない。同族がいないのは、酷く心細いことであるだろうに、人修羅といる時の人間──サヤは、とても穏やかな表情で笑うのだ
オオクニヌシには理解が出来なかった。笑いかけている相手は、ヒトガタであろうとも、オオクニヌシよりも強い悪魔の少年である
あまりに疑問に思ったオオクニヌシは、ふと、サヤにその疑問をぶつけたのだ
──主は悪魔だ。お前は人間だが、悪魔である我々が恐ろしくはないのか?
その疑問に、サヤはぱちくりとひと瞬きすると。ふんわりと笑みを浮かべて、オオクニヌシを見据えた
「悪魔であろうと、彼は私が好きな人に変わりはないよ
どんな姿になっても、彼は、私にとって最高のヒーローで、最愛の想い人だから
彼の仲魔である貴方たちのことも、どうして恐ろしく思わなくてはいけないの?」
それは、あまりにも純粋で、無垢で、素直であり──
欺瞞や裏切り、誘惑を得意とする悪魔に対して、あまりにも無防備すぎる思想だった
オオクニヌシは悪魔であるが、その本質は、日本の神のものに近くもある
愚直なほどに真っ直ぐな信頼と信愛を向けてくるサヤに、愚かしいながらもいとおしさを感じたのは、日本神話の神としての本質があったからだろう
それは、オオクニヌシの胸に芽生え、悪魔であるオオクニヌシに、一人の男としての意識を持たせた
──その笑顔が欲しい
──その言葉が欲しい
──主ではなく、私に
──貴女の愛を、どうか、私に
それは、悪魔が人間に向けるに相応しくはない、思慕の情
もっと自分を見て欲しい。もっと己を知って欲しい。その手に触れられ。そして、触れたい
愚かで、いとおしい人間の娘。私の想いをぶつけられたならば、どんなに嬉しいことだろうか
「ッは・・・ぁ」
日増しに増える、思慕の想い。最初は純粋な"恋心"であった
だが、その純粋な想いは、日を追う毎に、邪な心をも産み出した
その柔肌に触れれば、どんなに気持ちが良いだろうか
己の手で、純真な身体を汚すのは、どれほど気持ちが良いのだろう。乱れる姿ですら、彼女のものであれば、どんなに美しく見えるのか
その甘い声を聞きたい。乱れる身体に己の印を残し、欲望のままにかき抱きたい
人肌は、どれほどのあたたかさがあるだろか。欲にいきり立つ己のものですら、彼女の中は、優しく包み込むのだろう
「ッ・・・はっ・・・、サヤ・・・っ」
熱に浮かされながらも"それ"に指を滑らす。彼女は人修羅のものだ。己がサヤに触れることも、彼女が己に触れることも、決してない
人修羅の手によって乱れた彼女の姿は、酷く官能的で、美しかった。切なそうに歪められる表情も、苦しくも甘く喘ぐ矯声も、全ては人修羅のもの
だが、せめて。己の思考のなかでは、ただ一人の、己のだけの女性であってほしいと想うのだけは、許してほしい
「ッ、・・・あ、つい・・・っ」
目を閉じながら思考する。己の想像の中だけの"彼女"を
──「まっ・・・て、だめっ・・・オオクニヌシさ・・・っ」
(無理だ・・・待てない。貴女も私が欲しいのでしょう)
──「ちがっ・・・っ」
(あぁ・・・サヤ、貴女の中は・・・とても、あたたかい・・・)
乱れる吐息。悟られぬように息を殺しながら、今頃は眠っているであろうサヤを想いながら、己に抱かれる彼女の姿を想像する
──「オオクニヌシさ・・」
──「オオクニヌシさん・・・っ」
「サヤ・・・わ、たしは・・・っ・・・」
自分の想いは、これからもずっと、彼女に届くことはない
そう、胸が締め付けられるような痛みを覚えながら、止まぬ欲望を、想像の中の彼女へと吐き出す
愛しさと虚しさが、胸を突く。知られることのない感情に、そっと蓋を閉じながら、襲いくる脱力感に、しばしの間目を閉じて委ねた
あなたが知ってくれてなくとも
(いとおしい人の子)(私は、貴女を・・・)