04/26の日記

21:48
M.R marriage
---------------
メメラガーさんたちが書いて(描いて)らっしゃった
ウェディングネタがあまりにも素敵過ぎて、
リハビリも兼ねてぐあっと。
やらかしました。
すいません。


いつものように学校帰りに廃墟へ立ち寄る。
がさがさと差し入れにともってきたコンビニのレジ袋を揺らしながら
半ばスキップするように階段を駆け上がる。

「ああ、阿良々木くん。遅かったね」

そう言って此方へひらひらと手を振ってくる見慣れた小汚いおっさんの後ろに、
随分と見慣れないものが。

「忍野、それは・・・何だ?」

殆ど呟くように言う。

「何って、ドレスだよ」

「ドッ・・・それくらいは、わかるけど、なんで、ドレスだよっていう」

目に痛いほど白く、呆れるほどの質量をもったそのドレスは、異質感とともに
忍野の後ろに鎮座していた。
しっかりとマネキンまで用意されている。
ドレスだけではなく肘上まであるような長い手袋や、ベール、ブーケまで抜かりなく。
何に、使うのだろう。
誰が、使うのだろう。
戦場ヶ原の時と同じように儀式への正装として、誰かが身に付けるものなのだろうか。
そして、もし、そうであれば、忍野もそれに見合った格好をするはずである。
例え忍野が僕に好きだと囁いていてくれていても、矢張り、女の人には敵わないと思う。
ああいう、華奢なドレスを着て何も考えずに微笑める彼女たちと、
ドレスをみるだけでどこか後ろめたい気持ちになる僕とでは、そこには確固たる差が
あると思う。
埋められない差が。
あれを着て笑えたらいいと思う。なんの罪悪感もなく、屈託ない笑みを浮かべられれば
良いのだろう。
永遠を誓う彼の声に満足し、その幸福に衒いなく浸れる存在でありたい。
ただ、僕はそれが絶対に出来ないのだ。
例えあの白いドレスを纏うことができても、借りものを着ている感から逃れられない。
永遠と愛を誓う声に、恐怖せずにはいられない。
その甘美な声音に、言葉に、安心して身を寄せられない。
傷つかないために予防線を張り続ける。
ああ、うらやましい。うらめしい。

「そんな目しないでよ」

いつの間にか僕の後ろに忍野が立っていて、その掌は優しく僕の頬に添えられていた。
忍野の中指がそろりと唇をなぞる。

「君はそうやって怯えるけどさ、綺麗だろう?」

そっと、ドレスの前まで誘われる。

「綺麗だよ、怯えるほどにな」

恐る恐るドレスに手を触れる。
美しく微笑む数多の女性の姿を其処に見た。
恐々と伸ばされた僕の左手を忍野の手が絡め取り、その左指に至極シンプルな指輪が嵌められる。
『Dear.K-From.M withLOVE』
筆記体で削られたその文字を、目の前に掲げる。
指輪の光る僕の左手と、その先に真っ白なドレス。
まるでドラマじゃないか。廃墟に置かれた場違いなドレスと背徳的なプロポーズ。

「ふ、は」

堪え切れなかった乾いた笑いを洩らしながら忍野の胸へ寄りかかる。
温かな体温に包まれて、今なら世界で一番だと誇れる程の幸せを手にして、
それでも尚失くした後の事ばかりを考えてはならばこんなものは要らないと考えてしまう。
この記憶を、幻想だと思い込んで、それだけを永遠に抱いていければいい。
下手に体験などしてはいけない。体が覚えてしまうから。
何かを与えてもらってもいけない。いつまでも残してしまうから。
だから、だから。
思い切って指輪を外す。
その丸いリングにドレスがすっぽりと入るように目の前に翳し、
傷をつけるように記憶する。頭に、心に、刻み込むように。
返すよ、身に余りすぎる幸せだ。そう言おうとして、不意に抱きすくめられた。
その力の強さに言葉を失う。
僕の肺を潰したいのかと思うような力で、それとは対照的に首筋にうずめられた
額は弱弱しくて。

「結婚、しませんか。僕と。」

駄目押しとばかりに僕の指にもう一度指輪を嵌めなおし、左手ごと強く包むように
握りながら、忍野は囁く。

「繋がれていてほしいんだ。頼むから」

吃驚するほどか細いその声に思考が止まる。

「これで、君を忘れない。君も、僕を忘れない。だろう?」

僕の左手を固く握る忍野のその薬指にも同じものが光っていた。
それにはwith LOVEとしか刻まれていなかったけれど。
その、LOVEの部分にキスを落としながらうん、と小さく囁く。
体験して、体で覚えて。与えられて、いつまでも残せばいい。
囚われろ、縛られ続けろ、とこの男はいうのだ。
忘れてくれるなと願ってくれるのだ。
ならば、僕だって最後に願ってもいいだろう?

「愛して、くれな。最後まで。」

「いいよ」

ふ、と忍野の息が首筋に掛かる。その生温い吐息に背筋を駆け抜ける刹那的な快楽が、
背徳的な恍惚が、目前の白いドレスを淫媚に染める。
着てみてよ、と忍野が促す。

「これ、もしかして、僕の為のドレス?」

「・・・ここまでしてさ、気付かないとか苛めだよね」

そういう忍野の声が、いつになく優しくて、その言葉の奥まで笑っていて、
その、愛されているのだろうという事実が、どうしようもなく怖かった。
望んだはずのその愛が、酷く怖い。
その一方で、世界中の女性に対して勝ち誇ったような気分でもあるのだ。
見ろよ、このドレスは僕のものだ。
この男は、僕のものだ。
世界が唸っているような錯覚を覚えるほど心の底から嬉しい。
するりと忍野の腕から抜け出すと、思い切りマネキンに抱きつく。

「あはは、っふは!ははは、はは」

全力で笑う。その滑らかな肌触り、ボリュームのあるスカート、美しいウエストのライン。
女性の為に作られ、女性たちが傍受してきたそれを、今、僕は得ている。
忍野がマネキンからドレスを丁重に脱がせ、それを僕の体に宛がう。

「うん、良かった。見たところサイズは平気そうだね」

裸に剥かれてしまったマネキンをちらりと見やると、ご丁寧にもブライダルランジェリーまで用意されていた。

「じゃあ、僕も着替えてくるから。忍ちゃんに手伝ってもらってね」

そう言って忍野は部屋の外へ消えて居て行った。
それと入れ違いに、いつの間にか僕の傍らに忍がたたずみ、僕の手を小さく握っていた。
その忍の小さな手によって僕は次々と着替えさせられていった。
最後にベールをつけてもらって着替えは全て終わったのだけれど、鏡なんてないから似合っているかどうかなんて僕には確認のしようがない。
正直、想像したくないけれど、矢張り、継ぎ接ぎのような異質感があるはずなのだ。
けれど、目の前にたたずむ彼女の唇は柔くカーブを描き、薄く伏せられた瞳に映る色は
優しかった。
部屋を出れば、グレーのフロックコートを着こなし、髪を後ろへ撫でつけた忍野が
いかにも手持無沙汰な感じで直ぐ其処に立っていた。
何本もの踏みつぶされた煙草がその足元に転がっていて、待ち兼ねていてくれたのだろうかと少し自惚れる。
差し出されたその腕に軽く手をかけ、大仰な足つきで歩を進める。
僕の脳内で、忍野と並ぶ僕は、艶やかな髪を結いあげ、何の疑問もなく新郎の横へ立つ
幸せを抱きしめた女性に変わりゆく。
自信に満ちたその目線の先には彼女の幸せを祝うためのアーチがある。
優しげな佇まいの神父が聖書を片手に微笑んでいる。
これからの日々に夢を見て、上手くいくはずなのだとなんの根拠もなく信じ込んでいる
彼女は、愛らしくドレスを揺らしながら進んでいく。一歩、一歩。
今にもこの世界が崩れるのではないかと怯えている僕の視線の先には、シスターの格好をした羽川。戦場ヶ原の後ろ姿。体を捻って此方を見、盛大な拍手を送ってくれる神原。
つまらなさそうに足をぷらぷらさせている割にはちらちら此方を窺ってくる八九寺。
既に何故か号泣している千石。
彼女たちが一様に浮かべる泣き笑いのような佇まい。
すぐ傍に待ち受けているだろう別れと底の見えない絶望を、なんとなしに感じている
僕は、恐る恐るドレスを握り締め進んでいく。一歩、一歩。
いつの間にか用意されていた赤い絨毯を少しずつ進んでいく。
両脇に設えられたベンチから、僕の友達と彼女が惜しみない拍手を送ってくれる。
忍野に促されるまま進み、忍野に合わせて立ち止まる。
それとほぼ同時に羽川が口を開き、何事かを逡巡するかのように一拍間を置いた後、
朗々と僕たちに誓いを促した。

「あなたたちはこの者と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています。
あなたたちは、その健やかなときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、
富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを約束しますか。」

僕たちは、声をそろえて悲壮に誓った。

「「約束します」」

絶望した僕の悲痛な誓いを、美しい彼女たちが痛ましく聞き入れる。
なんと不毛な行為だろうか。
信じがたいほどの諦念とともに、僕は今日、永遠の幸せを手に入れた。

前へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ