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□I wanna...
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放課後、僕は大好きな委員長、要するに羽川翼に怒ってもらい、
うるわしの彼女、つまり戦場ヶ原ひたぎと教室で語らい、
可愛い後輩であるところの神原駿河の下ネタに付き合い、
妹の友達である千石撫子のマニアなボケに力強くツッコみ、
我が愛しの小学生八九寺真宵にセクハラをした。
これで僕の狭い交友関係の約7割は網羅したことになる。
…正直悲しい。
が、ここまで来たら残りにも会っておきたいものだよな、
そう自らに言い訳して僕は元学習塾、現廃虚である忍野の住居へ向かった。

「お、阿良々木くんじゃないか。久々だね、待っていたよ」

4階へ向かえば忍野はいつものように積み上げられた不安定な机の山の上にどっしりと座っていた。

「手土産なんて気の利いた物は」

「生憎ないね」

開口一番そんな事を吐かすものだから苛ついてついつい大人気ない口調になってしまったが致し方ない


「今日は意味もなく来てみただけなんだよ。ふらっと立ち寄る、みたいな感じかな。だから手土産なんて思いもしなかった」

一応フォローは入れてみたけどにやっにやしてるから歪曲して伝わってるんだろうな

「そう。唐突に僕に会いたくなって来たから手土産買う余裕はなかった、と」

「…違う。自意識過剰だぞ、忍野」

あながち間違いでもないから語気を荒げられず、それが余計にこのサイケデリックなおっさんを増長させる

「更に今日は前髪真っ直ぐな女の子を連れていない。びっくりだね。初めてじゃないかい?
僕は嫉妬なんてしない主義だから気にしなくて大丈夫だよ」

「本当にいい加減にしろよ、忍野。ガハラさん呼ぶぞ。ホッチキスとカッターによる地獄絵図が体感出来る。良かったな、忍野」

「おいおい、それじゃ1話の阿良々木君とかぶってしまうじゃないか。せめて他の文房具にして欲しいな」

「な、何故1話の展開を知っているんだ!」

「ドメスティックバイオレンスランクDorBLウレイを見たからね。
そういえば阿良々木君にとって僕は『恩人』なんだったっけ?それならもう少しましな接し方があるだろうに」

「わぁぁぁぁ!!!」
こいつ、するがモンキーのACまでがっつり押さえてやがる!

「っと。冗談はさておき、だね阿良々木君。この前渡したネックレスあるだろう?」

「あぁ、あれか」

確かにちょっとした怪異絡みの時にお守り代わりに、と忍野がいつも身に着けている十字架を借りている

「うん。あれなんだけどさ、実は僕も今必要なんだ。もう阿良々木君には必要ないだろう?
だから出来れば早めに返して貰いたいんだけど」

「あぁ、そうか。成程ね。確かに借りっぱなしだったよ」

「出来るなら明日…遅くとも今週中には、と思っているんだけれど」

今日が火曜日だからあと4日以内、と言うことだ

「あぁ、わかった。多分明日持って来れる」

「助かるね」

この後暫く雑談をして、暗くなる前には学習塾跡を出た
翌日の放課後、僕は日課となりつつあるガハラさんとの世間話に華を咲かせていた

「ねぇ、阿良々木君。その不愉快なネックレスを仕舞って頂戴」

「え?」

「その今弄びに弄んでいるそれよ」

確かに忍野へ返す予定で持って来た十字架をいつの間にか手に持っていた

「いじいじいじいじずーっといじくりまわしているけれど、不快極まりないわ。止めて」

「悪い。無作法だったな、人と話している時に手遊びなんて」

そう言って胸ポケットに仕舞おうとして
阻まれた。
誰に?
→戦場ヶ原に
どのようにして?
→鋏で十字架を持った右手を挟まれる事によって
それも、ソーイングセットとかに入っているような少し小振りの、小振りながらに中々本格的な、
裁ち鋏。

…文房具は手放したと思っていたんだけどなぁ
まぁ、裁ち鋏は文房具ではないけど、それにしたって些か早計だったようだ

「ポケットなんて余計タチが悪いわ。阿良々木君の肌とその忌々しいネックレスが
布一枚を隔てただけの状態だなんておぞましいもの。その上左胸だなんて」

「そ、そうか」

「言わなかったかしら?私忍野さんが大嫌いなの。だからさっさと鞄に仕舞って頂戴」

「ふぅん」

鋏で固定されていない方の手、つまり反利き手である左手で忍野の十字架を鞄へ放り込んだ所で
漸く戦場ヶ原は僕の右手を解放してくれた

「というかどうして阿良々木君は忍野さんの私物と思われるネックレスなんて持っているの?」

「ん?あぁ、お守り…らしいけど。怪異絡みのトラブルに巻き込まれた時、解決策に…とか言って
貸してくれたんだ」

「そう。…十字架がお守りなんて西洋の怪異なのかしら」

「いや、十字架そのものが守ってくれる訳じゃないらしいんだ。
ほら、忍野はなんちゃってではあるにしろ怪異退治のオーソリティだろ?つまり『祓う』側の人間だ。
だから、忍野の私物であるというだけでそれなりに怪異に対する牽制の役割を果たす
…みたいな事を言ってたような
あー、あとこのネックレスには忍野なりに幾つか仕掛けを施している上に忍野が常に身に着けている物だから
少なからず忍野の力の末端とか忍野の匂いを帯びているんだと。
まぁ、仕掛けの中には掛けているだけで発動するタイプの結界とか、
簡単な動作で使える呪縛とか有ったし丁度良かったんだ」

「ふぅん…。忍野さんの匂い、ね」

「まぁ、元々忍野が作った物らしいからな。余計溜め込み易いんじゃないか?」

「随分手先が器用なのね、忍野さんって」

「みたいだな」

ふと時計を見ると既に4時を回っていた
そろそろ行かなきゃな。忍野の所に行くとなんだかんだで長居しちゃうし

「時間も時間だし、寄らなくちゃいけない所があるから僕はもう帰るよ。じゃあな、ガハラさん。また明日」

「ばいばい、らぎ子ちゃん」

「そのネタ、まだ生きてたのか…」

うなだれつつ教室を後にする
そのまま自転車に跨り忍野の家へ
…鼻歌が抑え切れないのは断じて僕のせいじゃないと言い張る

暫く走らせると何時もの如く怪しい廃墟に着いた


が、忍野が居ない
廃墟は隈無く探した
屋上から玄関まで、きっちり
それでも忍野は見つからなかった
何処にも居なくて
幾ら探しても会えなかった

どんなにオブラートに包んだ所で栓の無い事だからストレートに言うと
泣きそうになった。無性に忍野に会いたくなった
寂しくて、会いたくて、苦しくて、誰かに頼りたくて、忍を探した
2階の踊り場にいた忍に抱きつき、しがみついた
忍の細く、華奢で、折れそうな程に薄い肩に顔を預け、ただ願った
そして、願いは口から流れ出た
最後に少し理性を取り戻して忍へ語り掛けてはみたものの、それすらも独白めいていた

「会いたい。抱きしめて欲しい。笑ってる顔が見たい。好きだと言って欲しい。そう願ってしまうんだ」

忍は、そんな情けない僕にも何も言わなかった
何も言わず聞いてくれた
いつものように黙って、しかし僕の背中に優しく手を回して
僕は何をしているのだろうか
元主人とは言え8歳の少女に甘えるなんて
でも、余りにも忍の手は優しくて
忍の匂いは芳しかった
どれほどの時間が経っただろう
外も暗く成った頃
そろそろ帰ろうと立ち上がると忍が部屋の壁を指差した
多分忍野の行った場所を教えてくれているんだろう
向こうにある忍野が行きそうな場所は駅か…郷土資料館か……


あぁ、そうか。あいつも本当にお人好しだなぁ
人の事言えないじゃないか

僕は上機嫌で身支度を整える

向こうにあるのは駅か、郷土資料館か、

僕がこの前怪異に行き逢った場所

わざわざ出向くまでも無いレベルの怪異だと言っていたじゃないか
そんなレベルの怪異に傷を負わされた僕を馬鹿にすらしていたじゃないか

その時に負った傷をなぞる。もう跡形もなく消えているけれど、忍野が執拗に触るから身体が覚えてしまった場所

「おやすみ、キスショット。ありがとう」

荷物をまとめると僕はそう言って学習塾跡から帰路を辿った
先程僕が甘えてしまったのは、見透かされてしまったのは忍野忍ではなく、
鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだったと
そう思いたくて懐かしい名前を呼んだ
それでも忍は何も言わなかったけれど
翌日、不在だった為果たせなかった用事を済ませに再度あの学習塾跡を訪れる
今度はいた
何時ものように4階の簡易ベッドの上に、両手を広げて

そのままの姿勢でおいで、と優しく呼ばれた
言われるが儘近付く
一歩、また一歩

ぎゅう

忍野は僕が忍野の元へ辿り着くのを待ってくれた
亀の歩みだったにも関わらず
そして僕をその腕の中に閉じ込めるとうつむく僕に柔く言う

「阿良々木君、此方見て」

見上げた忍野の顔はひたすら優しくて、その目に映るのは僕だけで、それがどうしようもなく嬉しかった。
僕は忍野の腕の中で、忍野とたった二人で揺られるゆったりとした時間の中で忍野ではない人達を思った。
羽川を、神原を、八九寺を、千石を、火憐ちゃんを、月火ちゃんを、そして
戦場ヶ原を想った

気づいて、しまった
忍野にしては、あの見透かしたような男には珍しく、あいつは僕の願いを一つ残していた
忍へと吐き出した願望の内、たった一つだけ叶えられていないものがある




「なぁ、忍野」

「何だい?」

「好きだと、言ってくれないか」

「好きだよ、阿良々木君」

「もう一度」

「大好きだ。世界で一番好き」

「僕もだよ」

「知ってる」

どうしてこんな単純な、一言づつの応答で
ほんの少しの言葉だけで

こんなに溢れんばかりの幸せで心が満ちるんだろう


まぁ、答えは解ってるんだけど
つまり、悔しい位、こいつが大好きだ
自覚したところでもう遅い
今は忍野にして貰いたい事で頭が一杯なんだ
次は何を望んでみようか


I wanna...

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