main

□契る
1ページ/1ページ

日曜の昼間。
世界中で家族たちが団欒しているだろうそんな時間に、僕と阿良々木くんは
薄暗い廃墟で、誰に見られているわけでもないのに隠れるように、こそこそと
キスをした
深く、浅く、濃く、淡く
何度も強弱をつけ、規則的に、交互に。
このままこの子供を抱えて走っていきたい。
どこまでも、ずっといきたい
そう思って、彼を強く抱きしめてはその細さに呆然として、
こんなか弱く、脆弱なのかと眉根を寄せた
連れて行ったらきっとすぐに壊れてしまうから
大事に大事にされなくてはいけないから、絶対に、僕は一人でいかなくちゃいけないんだと
身体でその顔を覚えるようにと、ゆっくり執拗に阿良々木くんの顔をなぞる
目を閉じて
此処が瞼。此処は鼻。唇はこんなにも薄くて、頬骨がこうなっていて、
耳は何故か柔らかくて
この形を絶対に、忘れない。
薄く目を開き、人差し指にくるりと彼の前髪を巻きつける
細い彼の髪は、すぐに指を離れてしまう
少し意地になってくるくると巻き続けていると
彼に指をとられる

「僕はさ、忍野の手が好きなんだ」

そうぼそぼそ呟く彼の睫毛が僅かに震えているのをただ見ていた

「もし、僕が女だったら、この手が欲しいというだけで結婚できたのかもしれないな」

「急にどうしたんだい?」

「昨日、妹たちが母に結婚を決めた理由ってのを聞いてたんだけど
母は父の眼が好きで、それを独占しているという証が欲しくて、結婚を決めたって。
そりゃあ勿論経済的な事も年齢的な事も鑑みてはいるんだろうけれど、でもやっぱり、
最後の一歩っていうのは、そんな、些細なことなのかもしれないな」

「まあ恋人だろうと夫婦だろうと愛し合っていれば何も変わるわけではないんだし、
結局なんで結婚するのかって事を突き詰めていったらそういう、契約とか保障とかって
ことになるんだろうけどさ」

それにしても随分とオープンな家だな
両親の馴れ初めだの恋人時代だのってのは違和感を覚えてしまうものなんだけど
「家族」だったものが急に「人間」になってしまったというか
両親が愛し合って自分たちが生まれてきたんだからまあ筋違いもいいところだが

「好きだという事。それだけなんだろうな」

「なにが」

「僕たちが存在するための理由。誰かを好きだという事、何かを好きだという事
それさえあれば僕たちは生きていける。」

「んー・・・暴論、というか極論と言えなくもないけど」
その意見は、個人的には好きだね

彼を抱え上げて移動し、そっと簡易ベットである机に下ろす
為すがままにされていた彼は、それでも僕の首にまわした手を離すことはしなかった
中腰になってしまって少々腰にきつい体制だったので横に腰を下ろす
すると彼は珍しく、甘えるように僕の膝に上り、そこを占領して御満悦の様子だった
小さく擦り寄せられた頬が鎖骨に当たってくすぐったい

「忍野が好きだ。」

「知ってる」

「大好きだ。いつかお前と僕は離れるけれど、そして他の誰かを好きになることだって
あるのだろうけれど、たとえばその人と過ごした思い出を回顧する時、
絶対僕は忍野の事も思い出すんだよ」

腰に手をまわして緩く抱き締める
条件反射なのだろう、ぴくりと身体を震わせ、熱い息を漏らす

「僕に人生はこれから、忍野をなくして語る事は出来ないんだ。絶対
だから、責任とって結婚しろ。僕がそんな苦しい恋をしなくて済むように」

ああ、こんな可愛い事を言ってくれるんだこの子は
ずっと好きだ、なんて絵空事は言わない
そりゃあそうだ。消えちまった人間の事を何時までも思い続けるというのは
本当に大変なのだから
誰かを好きになり、惹かれ、もしかしたら結ばれるかもしれない
そんなこれからの人生のなかに、僕の影を落としてくれるというのだ
ずっと、それこそずうっと一緒なのだ
そして、絶対叶わない事をねだってくれるのだ
本当に、連れ去ってしまいたい
奪い取って、逃げ去って、閉じ込めて、一緒にいたい
僕の腕の中で一生懸命甘えているこの子が、本当に好きだ
そう、それだけで僕は生きている。

「かわいいなあ、阿良々木くんは」

「は?」

かなり予想外だったようだ

「うん、可愛い。本当に可愛い、可愛くて可愛くて仕方がないね」

「ついにとち狂ったか!」

「あー、かっわいい。なんでそんなに可愛いんだろう」

「いきなりなんだ本当に気持ち悪いぞ忍野、なぜ顔を撫でる!!
というか撫で方がきもい!!!!!!」

「肌すっべすべじゃん、あーもう君は本当に可愛いなあ!!」

えい、と間抜けな声を出して押し倒す

「この雰囲気で突入するのか?!それはどうなんだ!!!」

彼の身体が浮いてしまうほど強く、強く抱きしめる
折れてしまいそう?折ってしまえばいい
壊れてしまいそう?壊してしまえばいい
君が好きだ。それが僕のすべてだ。それでいい。
この気持ちを、伝えたいと思った
こんなにも強く焦がれたのは、初めてだった
無駄とは知りつつも、共有したいと願った

僕の人生だって、これからずっと君なくして語れないさ。大好きだよ
と呟くと、かれは、嬉しそうに
しってる
といった。

その日、僕たちは、結婚の約束をした。
僕たちは、夫婦になったのだ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ