お題

□本当はずっと、キスしたかったよ
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1ヶ月過ぎた今でもまだ信じられないバレンタインの出来事。

次の日ももちろん仕事で吉田さんとは顔を合わせたけれど、何も変わらずいつも通りだった。
だから私も出来るだけいつも通りに対応する。

チョコを持って行った理由も、抱き締められた理由も、あの言葉の意味も。

全部、曖昧に残したまま。

そしてきっとこのまま、ずっとこのままだと思っていた……のに。


「みょうじくん」

「はい?」

「今日、夜あいてる?」

「……はい?」

「ちょっと話があるんだけど」

「……っ、」

「じゃ、ちょっと残ってて」


言うだけ言って去っていく吉田さん。

これは…いや、単に別の仕事を頼みたいってだけだ、きっと。

だって今さら何かあるわけなんてない。


自分に言い聞かせるものの、その後の仕事なんて手につくわけもなく、時間は過ぎて行った。
落ち着かない気持ちを無理矢理抑えて待っていると、また吉田さんがいつも通りの様子で近づいて来た。


「おわった?」

「あ、はい」

「じゃあちょっと…外行こうか」

「え?」

「……なに、え?って」

「いや…仕事の話かと…」


その言葉を聞いた吉田さんは眉間に深い皺を刻んだ。
そして私の腕を掴み、引き摺られるように外に出た。


「あの、ちょ…吉田さん…!」

「……なに?」

「怒ってます…?」

「まぁ、人がせっかくチョコのお返しに誘ったら仕事と思われたからね」

「は、え?」

「そうだな…どこか静かで落ち着いて話せる場所……あ、家でもいいか…」

「え?えぇ?」

「だから…!」


早足だったところで急に止まったから、よろけてしまったけれど、吉田さんが支えてくれて向き合う形になる。


「君にちゃんと告白したいんだけど、場所は俺の家でいいかって言ってるの」

「…………」

「…………」

「………聞いてる?」

「え?あぁ…はい、え?」


深い深い、仕事でミスした時でさえ聞けないような深いため息。
それでもいまだに吉田さんの言葉の意味が理解出来なくて、動けない。

すると、ふいに唇に温かいものが触れた。


「………ぇ」

「……言葉じゃわからないみたいだったから」


放心状態の私をぐいぐい引っ張って歩き始める。

結局告白の返事が出来たのは、吉田さんの家でホワイトデーのお返しと共に、何度目かもわからない口づけを受け入れた後だった。



本当はずっと、キスしたかったよ







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