お題

□甘くて甘くて切なくて
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日本中が甘い香りに包まれるバレンタインデー。
恋人のいる人も、これを機会に告白をする人も、どこかふわふわと浮かれていた気がする。

でも私にとってはそんな甘い行事ではなかった。
独り身だからとか好きな人がいないとか、そんなんじゃなくて。

私の好きな人には別に恋人がいるのだ。

なんでそんな人を好きになってしまったのか、私が一番理由を知りたい。

昨日、チョコは編集部のみんなに全員同じ物を配った。

実は、好きな人にはもう一つ別に用意した物があるんだけど。
渡せもせず、だからといって捨てられず、残ったチョコを見つめる。


「渡せるわけないよね…」

「なにを?」


一人だと思って呟いたら、答えが返って来て驚いた。


「吉田さん…」

「みょうじくん、まだ残ってたのか」


今は会いたくなかった。

私の好きな人。


「あ、はい、吉田さんこそどうしたんですか?こんな時間に」

「ちょっと忘れ物」


デスクで探し物をする姿を見ていたら、思わず出てしまった言葉。


「こんな時間まで彼女さん放っといていいんですか」


顔を上げてこちらをじっと見る吉田さん。
その姿を見て、しまったと思ってももう遅い。


「……さっきの、」

「……」

「渡せないとか言ってたのって、それの話?」


吉田さんの目線の先にあるのは、私の手の中にあるチョコレート。


「……はい」

「どうして渡せないの?」

「…っ、彼女がいる人だから、です」

「……」


そしてまたこちらを見つめ、無言のまま近づいてくる。
なぜか動けずに目の前に吉田さんが立つのを見ていた。


「じゃあそれ、ちょうだい」

「……は、」

「渡さないんなら、俺にちょうだい」


なにを…言ってるんだろうか。
渡せないと諦めていた相手に、渡せと言われている。

理解が出来ずに戸惑っているうちに、ひょいと手の中の物を奪われてしまった。


「あ!…だって吉田さん、彼女さん…」

「いないよ」

「……え?」

「彼女なんかいない」


だからこれ貰っていいよね、という言葉にまた何も言えなくなってしまった。

ぽかんとしたままの私を引き寄せ、気付いたら吉田さんの腕の中にいた。


「えぇ…?」

「…みょうじくん、」

「は、はい…」

「彼女のいる奴なんかやめて、俺にしときなよ」

「……え、なに…」


それだけ言って腕を離し「じゃ、お疲れ」と帰ってしまう。

残された私は、しばらくそこに立ち尽くすしかなかった。



甘くて甘くて切なくて







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