お題

□照れながら寄り添って
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いつも週末はお互いの家で本を読んだり、ゲームをしたり。
たまに外出しても近所に買い物に行くくらいで、これぞ『デート』と言えるようなことはしたことがなかった。

それがちょっとしたきっかけで水族館に行く話になり、じゃあせっかくだから少し遠出をしようと決まった。


電車で約二時間かかる海沿いの水族館。

そんなに広くはないけれど、たくさんの魚や海の生き物を見るのは楽しかった。

最初に水族館に行きたいと言い出したのは私だったから、吉久さんは退屈じゃないかと思って心配になったけど、楽しんでいたようだったから安心した。

何かを見つける度に「なまえ!なまえ!」と私を呼ぶ姿が子どもみたいでおもしろかった。

大きな水槽の前でも、


「あの魚、高いんですよね」

「あれ、美味いんだよなぁ」


そんな会話しかしていないことに気付き、二人で笑ってしまった。

一通り館内を見た後は、正面に広がる海辺に降り、砂浜を並んで歩く。
少し肌寒かったけど、吉久さんが「なまえ、」と手を出してくれてからはそんなことは気にならなくなった。


日も暮れはじめ、楽しい時間を名残惜しく思いながら駅に向かう。
都心のように頻繁に電車が来るわけではないのに、それでも人の影は疎らで。
私達の乗っている車両も例外ではなく、ぽつりぽつりとしか乗客はいなかった。

車内ではガタンガタンと心地よい振動が響き眠気を誘う。
外の景色を眺めたまま「楽しかったですね」と呟くが、返事がない。
不思議に思いながら隣を見上げると、吉久さんは少し俯いて眠っていた。
珍しい、と思いながらまじまじと顔を覗き込むが起きる気配はない。

この空間に一人取り残されてしまった気がして、そっと吉久さんの手を握る。
するとぎゅっと握り返されたので起きたのかと思ったが、そうではないらしい。

会話をする相手もいないし、久しぶりの遠出で疲れたこともあり、私もウトウトしはじめた頃。

ふいに、右肩に重みを感じた。
驚いて固まってしまったが、落ち着いてゆっくり隣を窺えば、吉久さんが私にもたれていた。

外でこんなにくっつくのは初めてで、例え近くに人がいないとわかっていてもやっぱり照れてしまう。
恥ずかしさに耐え切れず起こしてしまおうかと思ったが、気持ちよさそうに寝ている姿を見たら出来なくなってしまった。

こうなれば…と開き直って、起こさないように二人の距離をさらに詰めて座り直す。
こちらからも少し寄りかかるようにして体の力を抜いた。


そして数十分後。
いつの間にか眠ってしまった私は、ニヤニヤした吉久さんに起こされることになる。



照れながら寄り添って





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