お題

□おでこに、そっとキス
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自分の仕事が終わり、編集部を出る。
せっかくの休み前だし飲みにでも誘おうかと目的の人物を探せば、まだパソコンと睨めっこをしていた。
それを残念に思いながらも、特に予定もないしどこかで時間を潰して待ってみようと決めた。

会社近くの、でも誰かに見つかったら厄介だから、少し奥にある店で一人時間を潰す。
二杯目のカクテルを半分程飲んだところで時計を見ると、そろそろかなと思った。

良くも悪くも真面目な彼のことだから、きっと終電間際まで仕事をしているはずだ。
残ったカクテルを飲み干し、よし、と気合いを入れて立ち上がる。

そして再び私は社に戻った。
何時間か前に出た編集部内を覗いてみると、いつものザワザワとした雰囲気はなく静まりかえっている。
その中で小さく響くキーボードを叩く音と見慣れた後ろ姿。
やっぱりまだ残っていたと少し安心しながら、静かに彼に近づく。


「お疲れさま」

「……っ!!みょうじさん…」


びっくりしました、と笑う顔にきゅんとしつつこちらも笑顔で答える。


「こんな時間まで残ってたんだ?」

「あ、はい…僕仕事遅いんですよね…」


その言葉にやっぱりと思っていると。


「みょうじさんはこんな時間にどうしたんですか?忘れ物?」

「ぇ…あ、うん。そうそう…そんなとこ…。近くで飲んでたんだけどさー」


なんとなく誤魔化し、自分のデスクから適当な紙をバッグに入れ、小杉くんの近くに戻り隣に座る。


「……まだ終わらない?」

「うーん…、もう少しなんですけど…」

「もう終電行っちゃうよ?」

「え?もうそんな時間ですか?」


じゃあそろそろ帰ろうかな、と呟く彼にさらに声を掛ける。


「こんな時間まで残ってるって事は、明日予定ないんだよ、ね?」

「はい、特には…」

「じゃあこれから飲みに行かない?」

「え、でも飲んでたんですよね?それに終電……」

「いいじゃん、ちょっと付き合ってよ。もう今帰っても朝帰っても同じだって」


ね、行こう?と顔を覗き込んで誘えば、ほんのりと頬を赤らめてうなずいた。
「すぐ支度します」と言う彼を見ながら、小動物みたいだなぁ…とか考えていたら。


「あの、みょうじさん…」

「ん?」

「あんまり見られると、その、緊張するので…」

「だって小杉くん可愛いんだもん」

「か、かわっ……、酔ってるんですか?」

「二杯くらいじゃ酔いません」


そんな事を言われたら、なんかもっと構いたくなってきて、小杉くんに向かって手を伸ばす。


「前髪…長くない?」

「え、そうですか?」

「うん、邪魔」


ペロンと前髪を上げ、あらわれたおでこに、ちゅっと口付けをする。

途端に派手な音を立てて、小杉くんが椅子から転げ落ちた。
これ以上ないくらい真っ赤になって、口をぱくぱくさせている彼を残し「下で待ってるね」と編集部を出る。

今日この後のことを考えるととても楽しみで、自然に口元がにやけてしまう。


……やっぱり私、酔ってるかもしれない。



おでこに、そっとキス





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