お題
□「知り合い」から「特別」へ
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カラン、と音を立てて扉が開く。
そうして入ってきたのはこの店の常連さん。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
お好きなお席にどうぞ、と促せば向かうのは彼のいつもの席。
いかにも昔ながら喫茶店、という雰囲気のこの店はチェーン店のカフェとは違い、いつでもゆったりとした時間が流れている。
それでも、ここに来る時はいつも何か紙を見ながら考え事をする彼は、店の奥の一番静かな席に座る。
「オリジナルブレンドお願いします」
これもいつもの。
私の目をまっすぐ見て注文してくるからちょっと照れる。
マスターに注文を伝えて待つ間、真剣な顔で考え事をする彼を盗み見る。
小さなため息をつきながら、素敵だなぁ……と思っていたら。
「なまえちゃん、見とれてないでこれお願い」
マスターが笑いながらコーヒーを差し出す。
そんなことないです、と小声で反論してから彼の元へ。
「お待たせしました」
するとまた、目を見ながら「ありがとう」と言ってくれる。
本当に照れるからやめて欲し……くはないけれど。
ドキドキしてるの気付かれなければいいな。
どれくらいたっただろうか。
マスターと話をしていると、彼が荷物を持って立ち上がったので私はレジへと向かった。
そのままお会計をしていた手をふと止めて言われた言葉に、今度は隠しようがないくらい動揺してしまう。
「なまえさん……でしたよね?」
な、な、なんで!!?なんで名前……!!
あたふたしている私を見て、「マスターがそう呼んでいたので」と付け足された。
なんだそれでか。あ、でも…、
「ごめんなさい、うるさかったですか?」
「いや、大丈夫。会話がおもしろくてつい聞いてしまうんだ」
ははは、と笑う彼にちょっと安心する。
よかった、邪魔してたわけじゃないみたい。
「あと……なまえさんの笑顔にいつも癒されてるよ」
ポカンとする私を余所に「じゃあ、ごちそうさま」と扉を開けて出ていく。
はっと我に返り、慌てて店を飛び出し彼の後を追う。
「あの…!!」
「……?」
「名前…、教えてもらってもいいですか?」
「名前?」
「じょ、常連の方はお名前で、お呼びして…るん…です…」
あまりに苦しい言い訳に語尾が小さくなる。
けれど、彼は笑顔で。
「服部哲」
そう言って帰って行った。
「はっとりあきら、さん」
教えてもらった名前をゆっくり繰り返す。
次に彼が来たら思い切って呼んでみよう。
そう考えるとまた、胸がドキドキした。
「知り合い」から「特別」へ
ひよこ屋