蓮ノ華


□今だけは・・・
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「・・・ぅ、ん?」

目が覚めると朝だった。

太陽は高く上がっていて、窓から入ってくる光は暑いくらいだ。


とてもつまらない、ベタな物語の1ページのよう。

外で鳴きながら円を描く鳥や、風にはためくカーテン。


隣を見れば、幸せそうに眠る愛する黒髪の青年がいて・・・


(こんなことできるのは、今だけだろうな・・・)


ユウの髪に手を伸ばしながら、そう考えた。


自分はブックマンだから。

ブックマンは『傍観者』。
インクである『登場人物』には、干渉してはいけない。


しかし、その掟を破ってでもユウと一緒にいたかった。

だけど、いつかは教団側ブックマンとしての役目が終わる。


その時は、ユウを置いていかなければいけない――


「・・・ごめんな」

つい、口から謝罪の言葉がこぼれた。

「・・・謝んなよ」

「!!?」

下の方からいきなり声が聞こえて、俺は髪から手を離そうとした。

しかし。


ガシッ


腕を掴まれ、元あった場所に戻される。

「ユ、ユウ」

掴んだ手の持ち主は、まだ眠そうな目で俺を睨んだ。
「起きてたんさね・・・?」

「お前が色々うるさかったからな」

ユウは目を閉じると、そのまま俺の右頬に手を伸ばす。

優しく眼帯に触れると、少し固い声で問うてきた。


「なんで謝ったんだ」

「・・・・・・」

俺は、それにすぐ答えられなかった。

目を閉じたままのユウの顔が、少し歪んだ気がする。
それに慌て、俺は適当なことを言った。

「昨日、結構ひどくしちゃったから、その謝罪さ」

「・・・バカ」

ユウは納得してないように目を開き、拳で押すように俺の顔を殴った。


「そんなんで、謝ってんじゃねぇよ。今までもだろ」
「・・・そうだったさね」

てっきり、自分の考えていた事について問われるかと思っていた俺は、少し拍子抜けして答えた。

だけど、澄んだ黒曜石の瞳にほんの僅か『迷い』や『悲しみ』の感情が浮かんでいることに気が付いて、俺は悟った。

ユウは、俺がそのうち教団を出ていくことを知っている。


だけど――



――俺はそのことを、ユウに最後の時まで伝えないだろう。



まだ、このままでいたいんだ。




ユウの前では、俺が『傍観者』なんだって事、忘れていたいんだ。




「ラビ?」

愛する人の前では。


たった、それだけなんだ。
「ユウ・・・愛してるさ」


だから、今だけは。








ずっと、このままで・・・










END

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