絆の華

□偽装
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『偽装』



お昼時が近くなり、いつもより人通りが多く

騒がしくなってきた十番隊舎の廊下を

遠慮がちに掻き分けて歩く青年がいる。



艶のある短い黒髪に良く似合った黒縁眼鏡、

それから綺麗に輝く茶色い瞳を持ったこの青年は

見間違いもなく荻原 隼人という青年だった。



「(もう、仮入隊から二ヶ月も経つのか。

隊の皆は今頃、どうしているかな・・・?)」



隼人が内心をあまり表情には出さないように

頭の隅で考えながら黙々と歩いていると、

向こうから来た女性隊員と迂闊にも肩がぶつかってしまった。



「きゃっ・・・・・!!!」



「あ・・・・すみませんっ!!」



隼人はすぐに気付いて謝ったが、

驚いた女性隊員は床に腰をついてしまい

持っていた書類を辺りにぶちまけてしまう。



その様子を見た隼人は慌てて身を屈めると

廊下に散らばった書類を拾い集めてから

女性隊員の手を優しく取って、立ち上がるための手伝いをした。



いくら隼人の素性が尸魂界の最高権力者だったしても、

現在は一介の平隊員という小さな役割を演じなければならない。



その点は紗羅も重々と承知していたので

周りと共存するために、たった二ヶ月の間で

自分を下に見るような性格が自然と身についてしまった。



「だ、大丈夫ですか?僕が余所見をしていたから・・・・・。

怪我とか、ありません・・・・よね?」



隼人が心配そうな表情で覗き込めば、

女性隊員はすぐに顔を赤く染めて

慌てたように首を何度も横に振る。



「良かった・・・・・・。」



隼人が安心したように静かに微笑むと

偶然その場に居合わせた女性達までもが顔を赤くする。



隼人は周りのその態度に一瞬だけ不思議そうに小首を傾げたが、

すぐに何かを思い出したように気を取り戻すと

ぶつかった女性隊員にもう一度だけ頭を下げてから

急いだ様子で廊下の奥の方へ走って行った。



「ねえねえ・・・!!!今の、今年に入ってから

入隊してきた荻原 隼人君だったよねっ!!?」



「彼って、性格も顔も良い方だから

女性隊員から結構な人気があるよねー。」



「彼女とか居るのかなぁ?」



先ほど隼人に笑顔を向けられて

未だに放心状態の女性隊員の周りでは

そんな会話が飛び交っていた。




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