原田

□うたう虫
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死ぬ瞬間ならいくらでも見てきた。地に崩れ落ちる瞬間だけ時間の流れが嫌に遅くて鮮明だった。
仲間が殺られればその相手を殺る。そしてその仲間がまた殺す。悪循環。途切れるのはたったひとりになってからだった。
瞳孔が開き眼が渇ききった奴から刀を抜いて血を死んだ奴の衣で拭った。
どろり、血の塊はだんだんと黒くなり、地に還ることすら叶わなく真夜中の冷気に震えていた。


重みに耐える床板がぎしりと鳴る音すら掻き消す位の笑い声が響く。
飽きもせず自分の武勇伝に花を咲かせる俺に、文句を投げ付けながら酒を飲み干す新八。既に潰れそうな土方さんに酒を馬鹿みてえに注ぐ総司。その日は珍しく斎藤が平助とおかずを取り合っていて、近藤さんと山南さんが隊について話合っていた。

これは、夢なんだ。

"新選組"として活動していた、たった数年間を、永遠のモンにしようとしている俺の。俺たちの。
この夢を一番見たかった奴は見れているだろうか。
笑い声は刀のぶつかり合う鈍い音に消されていった。待てよ、まだ、あいつらが居るのに。(何処に、居るんだよ…。)進もうとしても、進まない。動く感覚が麻痺しているみたいに。

髑髏(しゃれこうべ)が足元を塞ぎ、刀を俺に向ける。迫ってくるそれに身動きひとつできないでいた。
死ぬ瞬間なら、幾度となく見てきたのにらしくもなく脅えていた。反射的に閉じた瞼の裏には千鶴が立って俺に手を伸ばしていた。




頬に感じたものは柔らかくて温かいものだった。


「あー」


肺腑が圧迫されて呼吸がやりにくい。ぺちぺちと頬を叩かれている。見ればまだまだ小さすぎる我が子が俺の上に乗っかって覗き込んでいた。


「起きてたのか」
「うっ、うう」
「ちょ!暴れんなって」


起き上がり膝の上で落ち着かせる。はぁ、あったけえなコイツ。
身体には不釣り合いな大きさの頭を軽く突けばその指を両手で包み始めた。

人が死ぬ瞬間を見たことはあっても、人が生まれる瞬間は見たことがなかった。
死ぬのは一瞬なのに生まれるのには多くの時間が必要だった。ひとりで死ぬことばできても、生はひとりでは成り立たない。
こんなことを感じることができる日がくるなんて思わなかった。まだ夢でも見てるのかもしれねえな。


「でっかくなれよ」


あいつらに負けねえくらいに強くていい奴に。そんで普通に生きていってくれ。死よりも多く、生を見ていって。

握られた指に力が込められた気がした。




20100315





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