沖田

□冷春の足音
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厳粛に行われた高校最後の式典。卒業式。二年生まではただ長ったらしいだけだった校長の式辞も聞き慣れた校歌もああ、これで最後なんだと思うと柄にもなく思い出に浸ってみたり。
最後最後だと別れを惜しむクラスメイトや後輩教師の間をすり抜けて先程まで卒業式が行われていた体育館へと向かった。既に椅子も飾りも片付けられた無駄に広い空間。ひやりと爪先からはい上がってくる冷たさに肩を寄せゆっくり息を吐き出す。
「なんで君が居るの?」
せっかく独り占めしようとしていたのに小さく軋む音に反応出来てしまう自分が恨めしい。外から響くものに消されてしまいそうな声が聴こえる。あの、えっと、なんて吃るような言葉ではなく「沖田先輩」と。小さく小さく、けれどよく聴こえる声で。
「卒業、おめでとうございます」
「わざわざそれを言いに?」
「いけませんか…?」
困ったように眉を寄せて長い睫毛を伏せている。指先が少ししか出ていないセーターの袖口に皺が寄った。小さいなぁ。ふたりだけだからかな、千鶴ちゃんの細さを改めて知った。
沈黙は沈黙しか呼ばない。大きなアナログ時計の針がカチリと動いた。
「嘘。ありがとう」
やっと安心したのかぱっと顔をあげた。睫毛は濡れて固まってしまっていて勿体ないと思い拭ってみたら、ぎゅっ、と目を閉じた。
(…面白い。)
そのまま頬に触れたらまるで全身が心臓になったかのように、振動が伝わってくるのがわかった。
泣いていたのだろうか。悲しい?寂しい?
「君は人前では泣かない子だったよね」
泣いてる女の子なんて沢山見てきた。泣いてる女は放っておけねえだろうが、なんて左之さんは言っていたけど僕にとってはどうでもよかった。だから、逆に何があっても泣かない女の子が不思議だった。
「先輩、」
"強い"だなんて言うつもりは無いけどね。
触れた手に両手を重ねて、熱を感じた。冷たい足裏とは真逆。何処からか聴こえる喧騒もシャッター音も校舎に流されている卒業ソングも、全てが耳鳴りみたいに頭を支配する。耳を塞ぎたくなるのに何故か嬉しくて。
「千鶴ちゃんは自分の卒業式で泣いてるかな?」
「…たぶん、」
「泣いてないよね」
「な、泣きますよ」
「どうだろうね」
「酷いです」と頬を膨らましたのが手の平から伝わる。
ごめんね。僕は泣いてあげられないから。変わる景色も人も自分も卑屈に捉えたく無いのに屁理屈にはなってしまう幼さを残した僕に、僕をどうして求めてくれたのか。唯一、理解出来なかったよ。卒業式までには分かるだろうと思っていたのにさ。
「太陽が高くなったよね」
暖かい陽射しを浴びることなく僕等はさよならと伝え合った。
緩んでいたネクタイと千鶴ちゃんのリボンを解いて卒業アルバムに挟んで隣に置いた。惜しむくらいなら笑ってやりたい。生温い唇の感触が馬鹿みたいに優しかった。






20100303

さっさと片付けられていく体育館を見るのは複雑でした






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