永倉
□気づいたならさよなら
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築いていくのは難しい。人間関係、信頼。何年もかけてその人の本質を決めていく。それだけの時間をかけて築いたものだって、崩れるのはあっという間だ。
「永倉さんはこれからどうされるのですか?」
空になった湯呑みに舌打ちしながら今夜は冷え込みそうだとぼんやり考えていた。千鶴ちゃんからの質問は自分自身に何度も問い掛けてきたものと同じだった。
「どうって…そりゃあ俺のやり方で国の為にやっていくだけだな」
そう言い聞かせねえと情けなかったのかもしれない。千鶴ちゃんの眼は燈された蝋燭の火をうつしていた。火の中に何を見ているのか俺には知る余地も無い。知る必要も無い。
「わたしは自分の行くべき道がわかりません」
「わからない?」
「はい…」
「千鶴ちゃんは自分で決めて来たんだろう」
「原田さんに、着いて来ただけです」
だんだん小声になっていく言葉尻に聞き耳立てる。自信が無いのか別れが恐ろしいのか未知なる先に期待しているのか。全てか他か。せっかく煎れ直したお茶を飲むのも忘れてしまっていた。すっかりぬるくなったそれを一気に流し込んだ。
「左之は千鶴ちゃんを信頼してるぜ。誰よりもな」
「え…」
「少なくとも俺はそう思ってる」
口から出てくる言葉は自分への慰めだろう。
「千鶴ちゃんは俺の妹みたいなもんだからな」
ほら、また逃げた。
「妹…ですか」
「ああ…」
気づかないでくれ。この距離感のままで居たいんだ。これは俺の勝手な我が儘。気づかないフリしているのは、逃げているのは俺なのだから。
ごめん
何度、見て見ぬフリをしたのだろう。それでも笑ってくれた彼女に何度救われたのだろう。
「永倉さんが本当に兄だったらよかったのに」
これで最後だ。その言葉で俺たちは全てを閉じた。
これ以上千鶴ちゃんを独占してたら左之がうるせえからな、そろそろ行くか。
「左之と仲良くしろよ」
さよならと、大切な人に言うのはこれで最後にしたいと心から願った。
100117
白々