複数

□宙ぶらりんの手
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矛先は燈された火に向けられていた。槍を構えたまま原田は静かに眼を開き、素早く突いた先の燭は消えていた。まるで時が止まったかのように微動だしない原田はゆっくりと体制を戻し、そして再び矛先を向けた。その先に火は無い。あったのは夜の闇よりも暗い、深い黒い影がひとつ。

「総司か…」

闇に慣れた眼で睨み発した名は沖田のもの。そして現れたのも、やはり沖田だった。口角を上げ笑い声を殺しながら、笑っていた。

「熱心ですね。こんな真夜中に」
「…いつから居た」
「気付いてたくせに」

眼の先まで迫っている鋭利を無視して沖田は近付いてくる。長い溜め息を吐いて原田は槍を降ろした。

「島原に行くんじゃなかったんですか?」
「帰ってきたんだよ」
「いつ?」
「気付いてたくせに」
「まっ、そうですね」

からかう様な沖田のその言葉にまた溜め息が出そうになった。いや、出ていたのかもしれない。そんなのお構いなしと沖田は鼻唄なんて歌っている。

「僕も見習わないと」
「茶化してんのか?」
「本音ですよ。最近益々土方さんの目が光ってますからね」
「…まだ、血を吐いているのか?」

そこまで聞いて沖田はしまったと後悔した。これでは真実を知らない原田に自らのことを気づかせてしまっているだけではないかと。一瞬沖田は表情を歪めたがすぐにいつもの飄々とした笑顔を張り付けた。しかしそれを見落とす原田では無かった。が、追求はせずにいた。

「左之さんは優しいですねえ」
「男におだてられたって嬉しかねえよ」
「本音ですって」
「本音なら本音として、今日はやけに素直じゃねえか」
「だから見習わなくちゃ…って」
「ハァ?訳分からん」
「いいですよそれで」

鞘から抜いた刃が鈍く光る。そのまま一降りしてしまえば相変わらず良い姿勢だなとでも言えたのだろう。しかし沖田はそのまま何もせず、すぐに納めてしまった。鉄が鳴る高い音がした。

「さぁてそろそろ寝ようかな。あんまり外に出てると五月蝿い人が居ることだし」

背伸びをして沖田はそのまま自室へと向かって歩く。

「左之さんも程々にね」
「、総司ィ」
「なんです?」
「……いや、いい」
「…変な人ですね」
「お前に言われたかねーよ。さっさと寝ちまえガキ」
「失礼しちゃうなぁ全く」

沖田が振り返えらないことを確認した原田は槍を構え眼を閉じる。言われなくたって薄々気付いているつもりだ。あいつの身体のこと。それを気にかける土方さんや近藤さん。そして千鶴のこと。どうして事は上手くいかないものなのだろうとつくづく思う。

「ガキ、か…」

何も掴めちゃいなかった。その証拠に握った拳だけが痛い。ジクジクと伝わる皮膚が、熱い。きっと血豆が潰れてしまったのだろう。





091226
もしもし


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