藤堂

□欠落した感情
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『平助でいいよ。みんなそう呼んでるし』


それはただの気まぐれだった。いつ殺すかも分からないような相手にそんなことを言うなんて馬鹿げてるかもと思ってた。オレは女なのに男の格好をしてるそいつに好奇心に似た興味を持っただけ。それだけだった。
なのにあいつは嬉しそうに笑ってオレを呼んだ。平助くん、って可愛い声で。
それからだった。オレが何かとあいつ、千鶴を気にかけるようになっていたのは。

「千鶴は死にたくないから雑用でもしていたら他人に存在を認めてもらえる。とか思ってんの?」

何気なく出た言葉だった。
自室から出るのは極力禁止。外出なんて以っての外。なのに見ればこいつはいつも雑用をしている。
今も雑巾を絞っている千鶴を見つけてそう問い掛けたのだから。

「違うよ」
「わたしはわたしの意思でしたいことをしてるだけだから」
「邪魔になったら、いつでも殺してください」

呆気にとられた。あまりに眼が真っ直ぐオレを捕らえるものだから。いつもビクついてるように見えた千鶴がしゃんとしているから。
だからかな、すっげー綺麗だったんだ。

「そっか…。そうだよな」
「?」
「ごめん、無神経だった」
「気にしてないよ」

ほら、また。
千鶴は傷付いても決して人には見せないんだ。わかったような気をしているだけのただの思い上がりだとは思えないから。すっかり冷えてしまっている千鶴の手を握った。

「へ、平助くん!濡れてるから…っ」
「うっわ冷てえ〜」
「だから離した方が、」

焦りながら手を解こうと必死にしている。当然大きさなんて全然違うし力も違うのにさ。

「自分を殺していいなんて言うなよ」
「え…?」
「千鶴は邪魔者なんかじゃねえからさ」

自分でもどうかしてると分かってる。こいつは部外者。これ以上内情に首を突っ込まれては困る存在。だけどオレは単純に今千鶴の笑顔が見たいという一心しかなかった。
わからない。どうしてこいつの笑顔がこれ程オレの救いになるのか。

「ありがとう平助くん」

冷たいはずの手がすごく熱いのにも気づいてたはずなのに、離す気なんて起きなかった位に。








ああ、やっぱりわからないことだらけだ。さっきから心臓が落ち着いてくれない。






091219
もしもし


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