沖田

□あなたの生を刻み付けて
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からから からから

風が吹けば鳴る音に眼を閉じる。
確かに遺るものにそっと触れた。


から…

途端に、それは鳴り止んだ。



















「少し前まで沖田さんは全く食事を摂らなかったんだよ」



食事の後片付けをしていた時に、松本先生がわたしにそう告げた。

「でもほんの少ししか食べていませんよ?」
「食べたことにとても驚いているんだよ。以前の彼はそれこそ本当に一口も食べなかったから」

一口も……。
まだたくさん残っている沖田さんの食事を見て不安が募る。

「きっと君のお陰だろう」

それは予想外な言葉だった。
腕を組み笑っている先生を見れば"ありがとう"と"頼んだよ"と言い残して去って行った。
数日間家を空ける、と松本先生から聞いたのはそれから少し経ってからだった。


「沖田さん、起きていますか?」
「うん。起きているよ」


寝ていて欲しかった、というのが本音だけれど返事をしてくれたことに少し安堵して襖を開けた。

「…いい加減お酒が呑みたくなってきたよ」
「駄目です」
「中々厳しい子だよね、君は」

溜め息混じりの乾いた笑いを零しゆっくりと起き上がった。
わたしから見ても、弱々しい…。

「食欲…ありませんか?」

松本先生が言っていたことを思い出してそう声をかけてしまった。

「あるとは言えないかな」
「少しでも食べないと、薬が良く効きませんよ」
「わかっているよ」

優しく、距離を置くような声。
不安だと思う気持ちが、顔に出てしまいそう……。

「千鶴ちゃんも食べて来なよ。
僕なら大丈夫だから」
「あの…、わたしも御一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

瞬間、沖田さんの動きが止まったのを感じた。
そして、自分が今言ってしまったことが沖田さんにとっては疎ましいことではないのだろうか…と背中が冷えていく気がした。
健康な自分が食べる様子など見たく無い気がする。
少なくとも、今まで父様が診てきた患者さんはそうだった人が居たから。

「…や、やっぱり迷惑ですよね!すみません今のは忘れて…」
「いいよ」

返ってきた言葉は、とても優しいものだった。

「早く持っておいで」

どうして、この人はこれ程優しいのだろう。人の心を知るかの様に笑ってくれるのだろうか…。
泣きそうになり、唇に力を入れて涙を堪えた。

「直ぐに来ますから何処にも行かないでくださいね」
「信用無いなぁ」

苦笑いを背に立ち上がり、早めに戻ろうと急いだ。















「……やっぱり大人しく待っていてくれなかったですね」


少し離れた縁側に、沖田さんは立っていた。

「夜風は冷えますよ」
「なんだ、怒らないんだ」
「怒っていますよ…」

わたしが持って来たのは食事では無くて二人分のお茶。
それを側に置いて座った。

「やれやれ。僕にはお目付け役が付いてしまったようだね」
「わたしの目を盗めるなんて思わないでくださいね」
「言うようになったね…」

部屋から羽織りを持って来て、
沖田さんの肩にかけた。

「何を持っているんですか?」
「風車だよ」
「風車?」

沖田さんの手元にある可愛らしい色をした風車を月に掲げればからからと回る。

「器用ですね」
「時間が有り余っているだけだよ」

静かに風へと流した言葉にどんな意味が込められているのかわたしには分からない。

「あげるよ」

紅い色をした、風車。
夜風が吹くたびに回り、止まり、また回る。
それはまるで花のよう。
咲いて、散って、また咲く。
何度も何度も、永久にそれを繰り返していく生き様にも似た姿。

「ありがとうございます」

そう言えば、沖田さんは顔を逸らしてそっと大きな手をわたしの手に少しだけ重ねた。お互い冷えているはずなのに、何故かその部分だけが熱かった。

その日は星も月も白い夜だった。












からから

増えた風車の数は今では九個。
それは紅い風車以外は並ぶように刺されている。
沖田さんはひとつ作る度に新選組の皆さんの内ひとりのことを話していた。
近藤さん、土方さん、斎藤さん、平助くん、原田さん、永倉さん、井上さん、山南さん。
話すときは必ず紅い風車をわたしが持って、沖田さんは真新しい風車を持って。
とても嬉しそうに見えたのは気のせいではないはず。

あと、ひとつ。

作りかけの風車に触れた。
どうして自分の分は作らなかったのかは、聞けなかった。

からから からから

止まらない風車は鳴いているのか泣いているのか。
どうか、止まらないで、と。


もう作られることの無くなった、風車にそう願った。












091206
白々


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