原田

□愛のような偶然
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「千鶴、髪紐ほどけそうだぜ」

立ち止まった千鶴の赤と白の紐も指で摘めば、するりと髪から落ちた。

「あ…ありがとうございます」
「なぁ、俺が結ってもいいか?」
「…え?」

戸惑う千鶴を促して座らせれば、小さく"お願いします"と言って頭を少し下げた。
髪を指で流せば心地好い柔らかさに感動した。

「原田さんって器用ですよね」
「そうか?」
「はい。作る料理も美味しかったです」
「器用かどうかは知らねえけどよ。食う為にいろいろしてたからな」

どっちの紐からにしようかと頭の端で考えていれば、千鶴が黙り込み俯かせていた頭が更に下がる。

「悩み事か?」

そう問えば小さな肩で反応し、これ以上どう小さくするのかというほど体を縮こまらせた。

「…わたしは何も知らないんですね」
「どうしたんだよ突然」
「これだけ良くしてくださる原田さんや皆さんのことを、わたしは何一つ知らないんです…」

知らなくても支障のないことだ、と言ってしまえばそこまでだろう。俺達は他人に感傷しない分、自分も楽だということを知ってる。わざわざどうだのこうだのを聞くことは無かった。

だが千鶴はそうではないんだな…。

確かに、こんな悩みは他の奴には言えないだろうな。そう思いながら白の紐を黒い髪にあわせた。


「時間や場所なんて関係ねえんじゃねえか?」

俯いた顔が上がり、月色に似た大きな双眼が俺を映した。

「出会ってからの時間で、千鶴が知ったことや感じたことだって俺達のことなんだよ」

気にするな、というのは可笑しいだろう。正しい、間違っているというのも合わない気がする。

千鶴は笑っていた。
こんな答えでもこいつの救いのひとつになれたのなら俺も捨てたもんじゃねえなと思うことにした。

「ほら、前向いてくれ」
「はい!」

赤の紐を手の平にのせたまま契られた雲が流れる空を見た。

どうかこれも、思い出のひとつになるように…と。









091127
白々




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