沖田

□傷付ける為に生まれた
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それはもう馴れたこと。
この羽織りを着て市中へ出る度に注がれる視線は恐怖と敵視が殆ど。身を寄せ合いひそひそと耳打ちをしていたり、わざとらしく目を逸らして歩いていたり。
面白い。ひとりわらった。
別にどんな風に見られていたって気にしないしするつもりも無い。
他人の評価なんて価値が無い。
あるのは近藤さんの行動だけ。
以前の僕はたったそれだけで満足していたのかもしれない。
それが全てだと思っていたから。
けれど今はどうだろう。
斜め後ろを確認すればキョロキョロと辺りを見ている子。女の子。
立ち止まってみれば気付かずに進む足が当たり前に倒れそうになっていた。

「大丈夫?」
「すっ、すみません!よそ見をしていまして…」

うん、知っているよ。
そうとは言わずに、慌てて謝る千鶴ちゃんを堪能してた。
他人に興味なんてなかった。
潔白な奴だと眉を寄せられた。
それでも良いけど、と笑った。

ああ、ああ。馬鹿らしい。

酷く冷たかった思考が、あっという間に熔けていくような感覚。
頭が痛くなりそうだ…。

「何を見ていたの?」

ズキズキと頭の端が響く。
ドクドクと心臓が脈打つ。

「人を見ていました」

どうして。どうしてどうして?
他人の目に映るものを知りたがる。この子の見るものを見たがる。自分が同じところに居るなんて思っているのか。
左の腰にある刀を、僕はどんな目で見ているのだろう…。

「、っ!」

突然込み上げてきた苦しみに息を吐き出した。
喉が痛い。それは最近になって増したもの。
また悪化したというのか…。

「沖田さん!」
「だいじょ…ぶ、だから……っ」

激しく咳込む中、頭だけが妙に冴えていて。あとどれくらいなんだろう、とか、早く治まれよ、なんていう考えよりも、"またこの子が心配するんだろうな"と人の心配をしている自分。
存外、僕も甘くて馬鹿な奴だね。

「……君は、いつまでそうしているつもり?」

僕の隣には俯いたままの千鶴は、
やっと落ち着いてきたときのこの一言に涙を零した。
なんで君が泣くのか。
それを聞くなんて野暮なことしないから安心してよ。

「…おきたさんは……狡いです」
「……どこが?」

優しく、やさしく。
出来るだけ悟られないように。
距離は保って、縮めていく。

「………」
「他人に頼れ。なんて言うつもりなの?」
「そんなこと…っ!」
「なら僕にどうして欲しいの?」

ほら、また。
僕はすぐに君を傷付ける。
酷い男だ。女の子を泣かせるなんて土方さんだけで良いのにさ。

「千鶴ちゃん?」

ゆっくりと髪を耳に掛けてやれば、白い肌が赤くなってしまっていた。

「ほら、帰ろう?」

彼女は何も応えない。
なのに僕を真っ直ぐ見る目は逸らされない。

「(狡いのは君も同じじゃないか)」

今の僕はこの子の考えを読み取ろうとするのに必死になっている。
いつの間にか信じられないくらいに依存していた。

まだ少し残る胸の痛みに舌打ちをして千鶴ちゃんの目を見た。
大きな瞳に映る自分が嫌で、片手でその双眼を隠してやった。
びくりと震えた身体を、一瞬だけ抱きしめた。
一瞬だけなのに残酷にも時が止まったかのような静寂。
心の臓の鼓動が宙に響いているのではないかというくらいの耳鳴りに近い音。

人の気持ちなんて分からない。
僕は傷付けて初めて気付いた。
神や仏が居るのなら、きっと僕を指差しわらっていることだろう。

離した後、情けない僕は目を合わせないまま千鶴ちゃんと歩いて帰った。
これではさっき見た町の奴らと同じだよね…。

可笑しくて可笑しくて、
今度はただ心臓が痛くなった。









091122
白々


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