斎藤

□獣は何を見たか
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「ここに攘夷浪士が潜んでいるそうです」

隊士のひとりがそう告げた瞬間全員刀に手を添える。

「………行くぞ」

音を荒げ立てながら中に入れば人という人は慌てふためく。気に留めず更に中へと進んで行った。
粗い呼吸音が聞こえ身構えた次の瞬間、刀同士のぶつかり合う独特の響き渡った。
躊躇すること無く敵を斬りつけていく。嘘のように静まった空間に滴る血。
刀を一降りすれば、細かくなった赤くも黒くもとれる血が畳に散った。

「――!」

気配に反応して刀と目を向ければ、そこに居たのは女だった。

「目を…っ、目を開けてください!!!!」

先程俺が斬った相手に縋り泣いている。
どうやらこの女と浪士との関係は浅いものでは無いらしい。
涙で流れる血が滲んでいる。

「去れ。今なら見逃してやる」
「……見逃す?そんなことされる位ならいっそこの人と同じ場所で死ぬわ!!」
「………」

叫び、泣く女。
向けた刀はそのままにして暫く様子を伺う。

「貴方にだって…大切に思う人は居るでしょうに…」

怒りと殺意の篭った睨みとは違う。
言うならば、哀れみに近いもの。
何故そんなことを言われたのか理解出来ないまま無言で居れば、女は続けた。

「貴方は残された者の気持ちなど、微塵も興味を示さないのでしょうね……」

そうか。この女は久々に男と会えたのか。
そしてやっと待ち焦がれたこの日に失った…。
刀を鞘に納め踵を返した。

「このままだと、…きっといつか後悔しますよ」

この女から見た俺は憎むべき相手のはずなのに、何故そこまで静かに話すのかが分からない。
けれど、聞いた内容は理解出来た。

「……早めに立ち去ることだ。もうすぐ役人も来る。関係者と分かれば面倒は避けられんかもしれん」
「…………帰りを待っている人は居ないのですか?」
「新選組というものが情にばかり振り回されていけるものか」
「……早く、帰ってください…」

女は再び涙を流しながら俯いた。
俺は立ち去り、羽織りをかけ直して全員居ることを確かめて帰路に着いた。










帰る途中に頭を過ぎるのは女に言われた言葉の数々。

"後悔しますよ…"

何をと言うのだろうか。
分からないような、そうでもないような気持ち。
いい加減頭を切り替えようとして屯所に着いた。



「お帰りなさい」

最近やっと部屋から出してもらえるようになった雪村が庭掃除をしながら出迎えてくれた。

「…ああ」

"帰りを待っている人は居ないのですか?"

返事と同時に浮かぶ言葉。不安な気持ちが募る。
一体なんだというのか。

「羽織りに血が…っ!怪我をされたのですか!?」
「いや。これは俺のでは無い」
「そう、ですか……」

安心したような。それでいてどこか複雑そうな表情。それに反応してしまう俺はどうかしている。

「どうした」
「……最低な想像をしてしまったんです」
「どういうものだ?」

以前の俺なら絶対に聞かなかったはずなのに何故だ?何故聞いているのだ。

「もしも、斎藤さんが………と」

すみません。と小さく謝りながら箒の柄を握りしめる手は微かに震えている。

そう言われた瞬間俺はあの男と俺を、そして女と雪村とを重ねてしまった。

「俺は死なぬ。だから余計な心配などするな」
「は、はい!すみません」
「謝らなくて良い。お前は父親探しにだけ励め。俺たちは出来る限り協力をするつもりだ」

俯いていた顔が上がり、溢れんばかりの笑顔と明るみのある声で返事をした。

俺は何を恐れてしまっているのだろう
斬った浪士と縋り泣く女に重ねてしまった己と雪村とこの羽織りについた血に酷く脅えているみたいだ…

この笑顔とあの涙の意味が今の俺には理解出来ないものなのだろうか。



じわじわと広がり滲み付く感情を早く消しさりたい。

そして獣のように、本能のみで生きれたら……と。





………まったく、最近の俺は本当にどうかしてしまっているらしい。












091107

暗くないか?
長くないか?


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