★★★

□待てども咲かず
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薄く潮風が鼻を掠める。
僅かな懐かしさと確かな後悔に心臓がどくんと脈打った。
歩いて行けばだんだんと濃い潮が流れてくる。
小丘に立てば暗い海が一望とまではいかないが見渡す分には問題無いとゆっくり深呼吸する。
ここに来るまでに、あの頃とは随分と様子が変わったなと頭の隅で嫌でも考えてしまっていた。
羽織っているロングコートが揺れる。
折角のひとり旅にスーツだと出張みたいじゃないかと口の中で笑う。
ふと辺りを見渡せば、海かどこか一点を見つめる少女が少し離れた場所に立っていた。
目を細めて見てみれば、
今度は目を見開いた。
あの子だと認識すれば足は勝手にそこへ向かっていく。

「こんにちはお嬢さん」

低く結われた髪には赤い和柄の花飾り。
少女の月色の瞳はあの頃と寸分も違わずにある。
僅かに寄せられた眉間にもしかして、と神経が伝える。

「こんにちは…」
「こんなおじさんに話かけられたら不信に思うよね」

笑い混じりにそう言えば少女は否定し少し間をとって謝る。
彼女の謝罪には酷く胸が痛くなる。前もそうだった。
その時は自分ではなかったが、彼がそういった気分になるのだと言っていた。
今なら頷くことができる。

ここら辺に住んでいるのかい?
そう聞けばいいえと返してきた後、
なんとなく来てみたんです。
と小さく俯いた。

ああ、やっぱり。
彼女にはあの頃の記憶が無い。
そう理解した瞬間の喪失感と友に対する悲壮感。
前髪をくしゃりと掴み表情を半分隠せば彼女は大丈夫かと心配する。

「…君はここに来て何か感じた?」

なんとなくで来たと言ったが、きっと細胞レベルの何かが彼女に命じたのだろう。
ここに行け、と。

「泣きたくなりました」
「泣きたく…?」
「何かが足りないような気がして、寂しくて」
「その何かって、わからないの?」

わからないです。
そう答える彼女の目には海と何が映っているのだろう。
僕は教えてあげられない。
答えは彼女が生きてる間にわかるという保障は無い。
このまま知ることのできない空虚と共に生きていくくらいならしてやってもいいだろう?
それが僕にできる唯一のことだと思う。

だけどもしも、

「もしもその答えを思い出したら君はここで本当に泣いてしまう気がするな」
「………思い出す?」
「忘れているんじゃないかな」

あの不器用の塊のような男のことを。
少女は再び海を見る。
その目は酷く穏やかで、
あの後を知らない僕には何も言えない。

「それじゃあお嬢さん、さようなら」

いつかまたここで会える
そんな素晴らしい日がもしも訪れるのならば、
僕は彼女の笑顔を持って
冥土の土産として君に自慢してあげるよ、土方くん。


立ち止まり振り返れば
彼女の視線は天へと向いていた。




























091019


大鳥さんに詳しくないのに書いてしまった愚か者一名。

タイトルの「咲かず」は
千鶴ちゃんの記憶かなんかだと思ってください…

「何か」の使用率が高い自分


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