沖田

□花と黒猫
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花と黒猫


にゃあと短い声が聞こえた元を辿れば視界に入ってきたのは見飽きた中庭に黒い猫が一匹いる光景。季節の変わり目が映える色付く木々に妙にしっくりとくる風景はまるで昔からそこに居ることが当たり前だと言っているようだ。
中庭を歩いていた平隊士たちはそれを見て口を揃えて「不吉な」と言った。僕はその場に腰を下ろし猫と向き合ってみた。全身艶めく漆黒に近い深い黒に月の光のみを集めたような瞳の色にあの子を思い出した。おいで、と手を招くと怖ず怖ずと数歩前進する様子にやっぱり似てるねと思わず笑みを零す。

「こんにちは沖田さん」

箒片手に中庭に現れたのは猫と重ねて見ていた千鶴ちゃん。今から掃除するんだ、いつもいつもよく働く子だよね。なんて、少し思ってあげる。僕って案外優しいよね。

「こんにちは。今から掃除するんでしょ」
「はい。最近は葉もだいぶ落ちてきましたから」

庭にある大木を見上げながら秋ですね、と言う彼女の髪を撫でる風が何故か羨ましいと思った。

「…猫ですか?」
「ん?あぁ、少し遊んでやろうかなって」
「珍しい黒猫ですね」

しゃがんで猫に視線を合わせて遊ぶ千鶴ちゃんと猫。やっぱり似てないかもねとふたり……ひとりと一匹を交互に見る。可愛いですね、と微笑み猫を抱き上げる。猫も満更ではなさそう。

「可哀相なんだよその猫」
「……どうしてですか?」
「会う人会う人に不吉だ不幸だなんて言われてさ」

にゃあ、となく黒い猫は今なにを思っているのか。いや、なにも思っていないかもしれない。可哀相だなんて所詮は人間から客観視しただけの考えだからそれを押し付けられる猫にとってはいい迷惑だろう。
千鶴ちゃんは驚いた顔をして僕を見る。
らしくない、って言いたげだね。でも気づかないふりをしてあげる。やっぱり今日の僕ってば優しいね。

「でも沖田さんは不吉だなんて思わなかったのでしょう?」

「この子にとったらそれはきっと嬉しいことだったと思います」

ふわり、風が僕たちの髪で遊ぶ。馬鹿だね君は。猫にそんな感情あるかも分からないのにそんなこと言ってさ……

「ほら、ここで油売ってないでそろそろ掃除しないとまた土方さんにどやされるよ」

ハッと目を見開いて慌ただしく挨拶をしてぱたぱたと走って行ってしまった。やれやれ、これじゃあ楽しすぎて目が離せられない。
案の定、土方さんが千鶴ちゃんを叱る声が響いてきた。

「…君も。もう、行きな」

猫を下ろすとこちらを見向きもせずどこかに行ってしまった。

秋の肌寒い風が花をひとつ落として消えた猫を追いかけていった。



090914


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