銀魂
□第6訓
3ページ/9ページ
それは、父さんが本家に行っている時に起こった。
真っ暗な押入れの中。
あの日、やけにあのおっとりした母さんが慌てていたのを覚えている。
「蘇芳、何が起こっても声は出しちゃ駄目よ。音も立てちゃ駄目。お父さんが出ておいでって言うまで、出てきちゃ駄目よ…!」
「かあさん、なんで?」
俺がそう問い掛けると、母さんは俺を優しく抱き締めて…今思うと、泣いていたのだろう。抱き締めて、震えた声で一言だけ呟く様に告げた。
「どうしても、よ」
押入れの中に入れられて数分後。にわかに家の中が騒がしくなった。
「何処だ?!」「鬼の一族の男は何処だ?!」と言う粗暴な声が聞こえてくる。
そして、俺が隠れている押入れがある座敷の襖が開かれた。
「何だ、女か」
「紫逢院の女か」
げへへ、と声がする。
「紫逢院一隆とお前のガキは何処だ」
「あら、勝手に貴殿方が家捜ししてらしたみたいですが、いませんでしたの?」
いつもと違い、しっかりした声で、母さんは相手に答えた。
「いないから聞いてるんだ!!」
「なら、外出してますの。そんな事も分かりませんの?…戌威族の皆様方」
俺はそっと襖を小さく開けてみる。
隙間から覗くと、押入れの近くに正座し、此方に背を向けた母さんと、高圧的に物を問い掛ける戌威族の男達数人がいた。
「隠しているんだろう?素直に言えば、命だけは助けてやる」
「隠してなんかいませんですの」
何度か、隠している、いないと押し問答が続き、痺れを切らした戌威族の男が、最初に動いた。
ドカッと凄まじい音。
次に、押入れの襖に何か重い物が当たる音。
重い物?
いや、違う。
これは、“ニンゲン”の音だ。
襖の隙間から下を見下ろすと、頬を怪我した母さんが倒れていた。
「嘘を吐くなよォ、女ァ。…痛い目に合いたくないだろ?さっさと出せっつってんだ」
「…だから…っ、知らないですの」
「…もっと、酷い目に合わねぇと分からねぇらしいなァ?」
何が起こったのか幼かった俺には理解出来なかった。
いや、したくなかった。
ただ分かるのは、母さんの誇りと貞操を戌威の奴等が汚したと言う事。
その時、ずっと響いていた母さんの悲痛で、痛そうな悲鳴が、それを物語っていた。
何時間も、母さんの悲鳴は続いていた。
俺は、押入れから出る事が出来なかった。
恐くて、身体が動かない。
母さんを助けに行かなくちゃ。
そう分かっているのに。
やがて、母さんの声はしなくなった。
「何だよ、マグロになっちまった」
「つまんねぇなァ。…殺っちまうか」
何かの鈍い音。
その音に、俺はやっと動いた。
押入れを勢いよく開け、飛び出し、丁度目の前にいた戌威族の男の顔を膝で蹴り飛ばしたのだ。
膝に確かな手応え。
鼻が折れたか。
「何だァ、このガキは!!」
「こいつだ!!鬼の一族のガキだ!!」
「母さん、逃げて…っ?!」
俺は、振り向くべきでは無かった。
もう、其処に母さんはいなかった。
代わりにいたのは、半裸の胸に刀を突き刺された、物言わぬ屍だった。
視界が真っ赤に染まる。
口から、意味の無い唸り声が上がる。
そこから、記憶が飛んでいる。
何も覚えていない。
次に我に戻ったのは、父さんが帰って来て、俺を取り押さえた時だった。
周りは血の海。
…戌威族の屍の海。
父さん曰く、俺はその時、小さく呟いたらしい。
「…1人、足りない。鼻のへしゃげた、クソいぬ、が…」
俺は意識を失い、次に目を覚ました時。
父さんは、攘夷志士になっていた。
そして、俺も、父さんについて攘夷志士になったのだ。
母さんを殺した、あの戌威族の男を殺す為に。