銀魂

□第6訓
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それは、父さんが本家に行っている時に起こった。

真っ暗な押入れの中。

あの日、やけにあのおっとりした母さんが慌てていたのを覚えている。

「蘇芳、何が起こっても声は出しちゃ駄目よ。音も立てちゃ駄目。お父さんが出ておいでって言うまで、出てきちゃ駄目よ…!」

「かあさん、なんで?」

俺がそう問い掛けると、母さんは俺を優しく抱き締めて…今思うと、泣いていたのだろう。抱き締めて、震えた声で一言だけ呟く様に告げた。

「どうしても、よ」

押入れの中に入れられて数分後。にわかに家の中が騒がしくなった。

「何処だ?!」「鬼の一族の男は何処だ?!」と言う粗暴な声が聞こえてくる。

そして、俺が隠れている押入れがある座敷の襖が開かれた。

「何だ、女か」

「紫逢院の女か」

げへへ、と声がする。

「紫逢院一隆とお前のガキは何処だ」

「あら、勝手に貴殿方が家捜ししてらしたみたいですが、いませんでしたの?」

いつもと違い、しっかりした声で、母さんは相手に答えた。

「いないから聞いてるんだ!!」

「なら、外出してますの。そんな事も分かりませんの?…戌威族の皆様方」

俺はそっと襖を小さく開けてみる。

隙間から覗くと、押入れの近くに正座し、此方に背を向けた母さんと、高圧的に物を問い掛ける戌威族の男達数人がいた。

「隠しているんだろう?素直に言えば、命だけは助けてやる」

「隠してなんかいませんですの」

何度か、隠している、いないと押し問答が続き、痺れを切らした戌威族の男が、最初に動いた。

ドカッと凄まじい音。

次に、押入れの襖に何か重い物が当たる音。

重い物?

いや、違う。

これは、“ニンゲン”の音だ。

襖の隙間から下を見下ろすと、頬を怪我した母さんが倒れていた。

「嘘を吐くなよォ、女ァ。…痛い目に合いたくないだろ?さっさと出せっつってんだ」

「…だから…っ、知らないですの」

「…もっと、酷い目に合わねぇと分からねぇらしいなァ?」

何が起こったのか幼かった俺には理解出来なかった。

いや、したくなかった。

ただ分かるのは、母さんの誇りと貞操を戌威の奴等が汚したと言う事。

その時、ずっと響いていた母さんの悲痛で、痛そうな悲鳴が、それを物語っていた。

何時間も、母さんの悲鳴は続いていた。

俺は、押入れから出る事が出来なかった。

恐くて、身体が動かない。

母さんを助けに行かなくちゃ。

そう分かっているのに。

やがて、母さんの声はしなくなった。

「何だよ、マグロになっちまった」

「つまんねぇなァ。…殺っちまうか」

何かの鈍い音。

その音に、俺はやっと動いた。

押入れを勢いよく開け、飛び出し、丁度目の前にいた戌威族の男の顔を膝で蹴り飛ばしたのだ。

膝に確かな手応え。

鼻が折れたか。

「何だァ、このガキは!!」

「こいつだ!!鬼の一族のガキだ!!」

「母さん、逃げて…っ?!」

俺は、振り向くべきでは無かった。

もう、其処に母さんはいなかった。

代わりにいたのは、半裸の胸に刀を突き刺された、物言わぬ屍だった。

視界が真っ赤に染まる。

口から、意味の無い唸り声が上がる。

そこから、記憶が飛んでいる。

何も覚えていない。

次に我に戻ったのは、父さんが帰って来て、俺を取り押さえた時だった。

周りは血の海。

…戌威族の屍の海。

父さん曰く、俺はその時、小さく呟いたらしい。

「…1人、足りない。鼻のへしゃげた、クソいぬ、が…」

俺は意識を失い、次に目を覚ました時。

父さんは、攘夷志士になっていた。

そして、俺も、父さんについて攘夷志士になったのだ。

母さんを殺した、あの戌威族の男を殺す為に。

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