魔王

□伸ばされた手
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世界が壊れる、そう思った。


【伸ばされた手】


足元の地面は湿気を含み、靴を汚した。
空は紫色でとても綺麗なのに漠然とした不安を煽られる。

この息苦しさから逃げたくて無我夢中で走る。
空はあんなに明るいのに目の前は真っ暗。

誰か、誰か

そう叫んでも声は向こうのほうに細くなってきえて行く。
足元の泥が顔まで跳ねて飛び散った。
思わず手で拭うとそれは暗闇でも真っ赤な色をしているのがわかった。

誰か!

その血は一体誰のもの。
ここは一体何処なのだろう。


「ユーリ」


不意に聞こえた暖かい声。甘く囁くようなそんな声色。
場所が場所なだけに天使の声かと思った。または地獄へとさそう悪魔の声。

暗闇の中の、茶色の柔らな瞳。さらにその奥にある銀色の星。
その光に縋りたい。ここから出して欲しい。

そのたくましい腕で引き上げて、そしたらまた笑ってほしい。



けれど知っている。

その腕をとってはいけない。すがってはいけない。
彼はもう彼ではないのだから。


「ユーリ」


どうしてと叫びたかった。
どうしてあんたなんだと。

その声から逃げるようにしてまた走り出す。
どれだけ走っても声はすぐ後ろから聞こえてくる。


「ユーリ」


耳を塞いで目を瞑って。
もつれる足をがむしゃらに動かして。
目を開けては、いけない。
声をきいては、いけない。


「ユーリ、さぁ、こちらに来てください」
「行かない」

その声を、確かな意思によって拒否する。
その声は若干の寂しさを含んだ声で言った。



「どうしてですか?」
「どうしてだって!?」


まるで悲鳴を上げるようにして叫ぶ。


だって
あんたはあの時
俺の手を取らなかったじゃないか



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