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□ボクらの笑顔
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【絶対的時間〜ボクらの笑顔〜】
長い様で短い夏が終わり、俺にとって忘れる事の出来ない季節がやってきた。
「お前さぁ…今ぐらいの時期になると必ずブルー入るよな…」
呆れた様に声をかけてくる数人のクラスメイトに答える気にもなれず、俺は窓の外を眺めた。
雲ひとつない青空を見てふいに大好きだった笑顔を思い出した。同時にあの時の何気ない約束もー……。
「それ。本気で言ってんの?」
夏休みもあと三日で終わる!という日。僕は付き合って半年になる彼女、小林麻美と学校近くの公園に来ていた。
「本気で言ってんなら殴るよ」
そう言う彼女の口調と表情は恐ろしい程冷やかだった。さすがに僕もこれ以上悪い冗談(少し本気なんだけど)を言うのをやめ、素直に謝った。
「もう…今からHしようなんてさぁ…女心わかってないよねぇ…」
僕が謝ってもまだごちゃごちゃ言ってきたが、僕は黙って麻美から目をそらした。男心ってもんがわかってないんだよな。そう思ったけどあえて口にしなかった。
「まぁいいや。ヤス、そろそろ帰ろっか」
僕の返事も待たずにさっさと自転車にまたがると麻美は僕を置いて行ってしまった。麻美の自己中は今に始まった事じゃない。ので気にせず僕も後に着いて行った。
毎度の事だけど麻美は先に僕を送ってから自分家に帰る。普通は逆だと思うけど言ったとこでどうにもならないのが現実。
「じゃあ、また明日ね」
自転車から降りて麻美の方を振り向くと、彼女はニッコリ笑って手を振りそのまま今来た道を戻っていった。後ろ姿を見送りながら僕は麻美の笑顔を思い浮かべた。僕はあの笑顔が大好きだった。
次の日は雨だった。僕達はとくに行く当てもないので図書館に来て時間を潰していた。最初は盛り上がっていたけどふいに会話が途切れた。その瞬間僕は無意識にずっと気になっていた事を口にしていた。
「僕さ…お前に何をしてやれるんだろう…」
麻美と付き合い始めてから僕は大切な物を見つけた。麻美の笑顔だ。彼女の笑顔は僕をいつも和ませてくれた。辛い時もむしゃくしゃしてる時もどんな時でも、だ。あの笑顔に何度も助けられてきた。それなのに僕は彼女に何にもしてあげていなかった。
「何ができるんだろうな…僕なんかに」
僕の話を聞いているのかいないのか…麻美は黙ったまま僕を見て笑っている。
「麻美、人の話聞いてん…」
「ねぇヤス。あたしさ、あんたの笑った顔にホレたんだ」
突然の言葉に僕はあんぐり口をあけたまま止まっていたと思う。だけど麻美は気にもせず喋り続けた。
「何もしてくれなくていいから…。でも約束して。どんな時でも、何があっても…あたしが好きなヤスでいてほしい。約束だよ?」
そして僕の大好きなあの笑顔で笑った。僕も麻美が好きだと言ってくれた笑顔で頷いた。
僕は今日見た麻美の笑顔が最後の笑顔になるなんて考えてもいなかったんだ。
「泰治ー?おーい」
ふいに声をかけられ一瞬自分が何処にいるのかわからなかった。慌てて周りをみると見慣れた教室だった。
「寝てんじゃねぇよ〜目ぇ覚めたか?」
隣の奴に軽く頷き俺はまた窓の外を眺めた。
そう…もうあれから三年。俺も高校三年になった。三年前、受験生だった俺達中三連中は勉強モードに突入し、俺と麻美も一緒に帰る事が少なくなっていた。そして今ぐらいの時期…。麻美は下校途中事故に遭った。一緒に下校していた友達をかばって。麻美は突然俺達の前から消えてしまった。同時に大好きだった笑顔とあの約束も俺の頭の中から消えた。
俺はショックのあまり麻美の通夜にも葬式にも出ることが出来ず一週間寝込んでしまった。
しかし三年経った今、あの笑顔をはっきりと思い出す事が出来た。きっと麻美の死を自分なりに受け止められたんだと思う。時間はかかったけど…。
麻美に言いたい事は山程あるけど今の俺が知りたいのはただひとつ。麻美が死んで泣きまくった俺は…彼女との約束を守る事が出来たのか。もし麻美との約束を今までの俺が守れずにいたとしても、これから先の俺ならその約束を守る事が出来る。"小林麻美"という人間の流れは三年前にとまってしまったけど…"村上泰治"という人間の流れは今も続いているから。
俺はこれから先もこの『絶対的時間』の中で麻美の笑顔を胸に精一杯生きていく。
〜END〜