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□コクハク
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「なにしてんだ、こんなとこで」




少し門が開いていたからおかしいとは思ったんだ。
この門の外からの開け方は限られた人間しか知らない。


なぜこの家の人間より先に、こいつが敷地内に入っているんだ。
明らかに不法侵入だろう。


そして俺が声をかけても、玄関の扉に続く五段ほどの階段に座り込んだまま俯き続ける白い短髪の彼女に、怪訝に思って声をかけた。


いつもなら


『別に昔からの付き合いなんだからいいじゃないですかっ』


とか、


『おなかすいたんでおやつもらいに来ました!』


とか、



高校生になっても幼馴染であることをフル悪用してたかってくるはずなのに、今日のモヤシはどこか体の調子でも悪いんだろうか。



が、



「えぐっ・・・神田ぁ・・・」


ぽろぽろと涙を零しながら徐に顔を上げたモヤシに、俺は片足だけ半歩後退した。


「な、なに泣いてんだよっ」


「ふぇ・・・ひっく」


懸命に両手で涙を拭うのに、次から次へと零れ落ちている涙。
セーラー服のスカートに染みが新しくできていく。


俺は正直たじろいだ。
モヤシが泣くなんてこと、ガキの頃以来だったから。


とりあえず家に両親がいないことはメールで確認済みだから、俺はモヤシを道から隠すように前に立って、膝をかがめた。
でないと世間の視線が痛い。

そして原因を知るなら知って、早いところコイツを帰さないと、とてつもなく大変なことになる。



なぜなら、



「チッ、泣いてたってわかんねぇだろ!理由が言えねぇなら帰れ」


「ごめ、なさ・・・でも、かんだに、きいてほし・・・」



なぜならそんな可愛いセリフ吐かれたら、俺の理性がもたないからだ。


現に泣いているコイツは笑っているときとは違う輝きで、無意識に俺を誘う。




なんて悪辣なんだ。
俺が最近気づいた想いをどうやって伝えようか、こっちは必死に考えてるってのに!



俺はひとつ大きなため息を吐いてモヤシに促した。




「はぁ・・・ここじゃアレだし、家入るぞ。」


「へ・・・いいんですか?いつもは絶対に入れてくれないのに・・・」


「馬鹿モヤシ。玄関先で泣いて何か解決すんのか。まるで俺が泣かしてるみたいだろーが。ちょっとは周囲を気にしろ」


「ふぇ、す、すみませんっ」


「チッ、俺が泣きそうだぞ」


「・・・ぷっ、あははっ」




なんだ、今度は笑うのか。
ようやく最後の涙を手ですくいながら、モヤシは笑って



「神田は昔から強いのに、泣くの想像したら笑っちゃいました♪」



って、まるで元気の源が俺、みたいな言い方してくるから



俺はただ視線をずらして、舌打ちで誤魔化した。


この心臓の、ドキドキを。








=コクハク=









「ふわー。大きくなって来てみても、やっぱり大きなお家ですねっ」


「そこらへん勝手に座ってろ。ミルクティーでいいか?好きだよな」


「はい。でも神田が淹れてくれたものならなんでも好きですよ」



危うくグラスを取り落とすところだった。
床にぶつかる直前で拾い上げ、応接室の窓から庭を眺めるモヤシに安堵して、アイスミルクティーを作りにかかる。


その『好き』が俺であればいいのに。
でも今は、好きの対象が俺の淹れた物でも満足できる。



いずれこの思いが要領オーバーになった時、全てを打ち明けることができるだろうか。



そんなことをのんびりと考えながら、俺はアイスグリーンティーを入れて、ようやく家庭内見学を満喫したらしい大人しく座るモヤシにミルクティーを差し出した。



ありがとうございます、と一言置いて、それを一気に飲み干すモヤシ。
もう少し味わいってもんを知れよ、と思いながら、俺もグラスに口をつけた。




「それで、なにあんな泣き叫んでたんだ」


「なっ、泣いてましたけど叫んではないです!///」



顔を赤くして必死に否定するモヤシに苦笑しながら、俺は再びグリーンティーを口に含んだ。




「・・・失恋、したんです。」





ブハッ!





「うわわ、神田っ!?」




ゲホゲホと咳き込む俺に動揺して、モヤシはキッチンに布巾を取りに走っていく。

俺はそんなことよりも、言われた内容が頭の中でリフレインして、愕然と肩を落とした。
さっきよりもソファーに深く沈んでいるのは気のせいじゃないだろう絶対。




「す、すみません、僕が変なこと言ったから・・・」


「・・・・・・・。」



モヤシがもってきた布巾で机を拭き始めて、俺は募るイライラをどこへぶつければいいのかわからなくなって。


むかつくからそのまま布巾をもつ手を取り上げた。


モヤシはその予想外の強さに、ビクリと体を強張らせた。



「失恋?なんだよ、モヤシも恋なんてするんだな」


「え・・・・・・」


「いつもへらへら笑いやがって、いつも誰にでも笑いやがって、いつも誰とでも話しやがって」


「あの、神田・・・?」




こみ上げる怒気をそのままに、俺がモヤシを掴んでいる腕の力が強まる。
幼馴染の立場を利用していたのは俺なんだ。


昔からの付き合いは、絶対なものだと思っていたんだ。


もし何かあれば、顔色ひとつでそれがわかると思っていて、なんでも相談してもらえると思っていて、打ち明けてもらえると思っていて。




だから、安心しきっていた。




俺はモヤシが好きで、モヤシに好きなヤツができるなんて考えたことなくて、俺はゆっくりタイミングを見計らっていた。




それが今となってはどうだ。

モヤシに好きなヤツ?しかも、失恋?冗談じゃない。


本来なら失恋という結果に喜ぶべきなんだろうが、俺はモヤシが心を寄せるやつがいたってだけで、このこみ上げる何かをこらえることが出来なくなった。




「俺がお前にかき乱されてるのが、馬鹿みたいだろーが!」


「へ・・・んんっ!」



テーブル越しで気づいたら彼女の唇を奪っていた。
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