「DIGI:EYEs」

□第1話
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DIGI:EYEs
第1話
終わりの始まり









「遅かったな。タツ、ユメ」

 仁の家を訪ねた二人を、仁は昔と同じように迎えてくれた。
 仁は若年ながらもデジモン研究の第一人者である。そうそうデジモンの研究者などいるものではないが、数少ない同業者たちからは頼りにされていた。
 家にある物も昔とあまり変わっていない。唯一の変化といえば、レポート用紙が机の上に山積みになっていることだ。レポートはファイルに入れて保管するなどして、身の回りの整理だけはきちんとしていた仁がこの状態だ。相当忙しかったのだろう。

「仁あんまり変わってないね」
「20代の人間が2年間で大きく変われるわけないだろ?」
「たしかに……」
「それに比べて、二人は大きくなったな」

 仁のその言葉を聞いて達也は思わずにやけてしまう。褒められて嬉しいわけではない。事実褒められたのではなくただの挨拶だろう。達也がにやけたのは夢花に対する意地悪を思いついたからだ。

「夢花は相変わらずまな板だけどね」
「あっ、ひっどーい! そんなことないよ!」

 達也の意地悪を苦笑して流しながら仁は話を進める。

「さて、二人を今日ここに呼んだのはちょっとした理由があってな」
「またデジモンと関係があるんですか?」
「ああ。とりあえず受験勉強とかで忘れてることもあるだろうから、少し復習しておこうか」
「大体は覚えてるけどな」

 仁は軽く頷き語り始めた。
 デジモン、正式名称デジタルモンスター≠ニは、一言で言うと生物をかたどったデータだ。人間界におけるインターネットの普及に伴って発生した膨大なデータはデジコア≠ニ呼ばれるプログラムに因って纏められ、デジコアが生まれたとされる人間界とは別の、データの世界デジタルワールド≠ヨと転送される。転送されたデータはそこで生物をかたどり戦闘種族として活動していくこととなる。ネット上に流れている情報がデジモンの根源である為、架空のもの、例えばドラゴンや天使などもあたり前のようにデジタルワールドには存在する。
 デジタルワールドがどうしてできたのか? デジコアはどのようにできてどのようにしてネット上に撒かれるのか? 何故誕生したデジモンは戦闘種族として生きるのか? そのような疑問は未だ解明されていないが、彼らには現実の生物と同じく寿命があること。限りある命の中で進化を繰り返し、寿命が尽きるか、戦闘に負けて消去されると卵になるということ。それは仁の研究によって明らかになった。

「でも、その世界は2年前に消滅したって……」
「ああ。確かにお前たちには消滅した、と伝えた。だがそれは間違いだった。デジタルワールドは完全には消滅していなかったんだ」

 仁はこれをデジタルワールド消滅の危機、デジタルハザード≠ニ称した。

「えっ?」

 達也は仁の言葉に喜び驚いた反面、少し信じられなかった。2年もの間無くなっていたと思っていたものが、突然あったと言われれば、冗談か何かの間違いではないかと思うのは当たり前だ。

「それって、どういうことですか?」
「2年前、デジタルワールドを消滅させかけた原因は覚えているか?」

 達也は軽く目を瞑り、不確かな記憶の中を探る。
 デジタルワールドが崩壊していく。豊かな緑の大地が何もない漆黒へ塗り替えられていく。その闇の頂点。7つの頂点。

「……七大魔王」

 目を開き、達也はそう答えた。

「そうだ。答えは七大魔王。その7体の同時出現、同時進攻が2年前デジタルワールドを襲ったデジタルハザード≠フ正体だ」
「七大魔王ってそれぞれが悪系デジモンのトップになってもおかしくないっていう実力の持ち主なんですよね?」
「たしかキリスト教の七つの大罪≠ェモデルになってるんだよな」

 憤怒のデーモン。
 色欲のリリスモン。
 傲慢のルーチェモン。
 強欲のバルバモン。
 嫉妬のリヴァイアモン。
 怠惰のベルフェモン。
 そして、暴食のベルゼブモン。

「その通り。だが、デジタルワールドの完全消滅直前で彼らの進攻は止まっていたんだ」
「本当なのか?」
「ああ。信じろ」

 仁の目は本気だ。それに、仁がデジモンのことで嘘を吐かないことを達也は知っていた。

「でも、なんで?」

 そう問うと、仁は目を伏せた。

「問題はそこなんだ。七大魔王の進攻の最後に、いったい何が起きたのか」

 漆黒に染まったデジタルワールド。誰よりも愛したその世界の悲しすぎる結末。それを仁は見ているのが辛くなり、ディスプレイを切っていた。しかし、最近ログを見てまだデジタルワールドが活きていることを知った。映像は映らないが彼が愛した世界は確かに活きていた。

「そこでだ、タツ、ユメ。本当に頼み難いんだが、二人にデジタルワールドに行ってその真相を明らかにしてほしい」

 仁の突然の発言に二人は固まった。

「は?」
「現地に赴き、デジタルハザードの結末を調べてきてもらいたい」
「いや、それは分かってるんですけど……」
「行けるのか、デジタルワールドに!?」
「ちょっと達也!?」

 達也にとってそれは願ってもない申し入れだった。子供のころから憧れていたデジモンの世界に行くことができる。そう思うだけで胸が高鳴る。山のようにある夏休みの宿題など端からやる気もないし、仁はわざわざ学校のない夏休みに自分たちを呼び出したのだろう。それなら行くしかないだろう。

「夢花、俺は行く」
「タツは乗り気みたいだが、ユメはどうする? 言ってることが矛盾するが、正直あまり薦めたくない。俺が行くのが一番なんだろうがいろいろと問題がある」
「私……は、ごめんなさい。行けない」

 夢花は俯いて答えた。何があるのかわからない現在のデジタルワールド。正直、夢花は達也も向こうに行かせたくないだろう。

「そうか。じゃあ、向こうに行くのはタツだけだな」

 仁はそう呟くとパソコンに向かい、作業を始めた。

「これから俺が見つけた向こうにある人間界へ繋がる穴と、この家の入口とを繋げてデジタルゲート≠ノする」
「そんなことできるのか?」
「研究の成果さ」

 相変わらず仁の技術には驚かされる。簡単に言っているように聞こえるが、つまり次元を操作するということだ。そのようなこと普通の人間に出来る筈がない。

「帰りは?」
「お前のケータイをデジタルゲートとして利用する。それと、向こうでも電話は繋がる。着いたら一度連絡してくれ」

 きっとそれも仁の技術があればこそのものなのだろう、達也は携帯の電池の残量を確認しながらそう思った。

「……完了だ」

 いつの間にか、達也の気持ちは興奮から緊張に変わっていた。自分の全く知らない別の世界へ行くのだ。そこではこの世界の常識や理屈は通じないであろう。緊張というより、寧ろ恐怖と言ってもいい。

「へへ。見送りがぱっとしないけど、まあいいか」

 玄関へ歩いていき、ドアノブに手をかける。いつもは手応えなど微塵も感じないドアノブが、今は鎖で雁字搦めにされているのかと思う程固く、重かった。
 やっとの思いで扉を開くと、眩い光の輝きが溢れ出した。

「タツ、頼んだぞ。怪我だけはするなよ」

 仁からの餞の言葉。あまりにも素っ気ない。

「ああ。じゃあ夢花、母さん達ににはうまく言っといて」
「う……うん」

 夢花の返事を聞くと、ゆっくり足を踏み出した。案外すんなりと進むことができた。そう、思っていた。

「っ!」

 やはり緊張で固くなっていたのか、足が絡まり、大きく体勢を崩して転倒した。が、そこにある筈の床が無く、そのまま落下し始める。底は見えない。
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