男塾夢

□触れる手
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「卍丸さんって、本当ヘアスタイルこだわってますよね」


 執務室で書類作成をしながら、いつものようにソファーに座ってヘアーケアに集中する卍丸さんに声を掛けた。


「ヘアーケアは俺の趣味でな」


 卍丸さんは返答するも、私の方に目もくれず、鏡に映る自分のモヒカンヘアーをクシで整えることに専念している。
 どうも卍丸さんはこの執務室が一番集中しやすいらしく、少しでも髪が乱れたときには直しに訪れていた。
 最初は慣れなかったけど、今ではこの風景はすっかり日常と化している。


「身だしなみに気を遣う塾生さんって多い気がします、伊達くんとかもそうだったし」

「まぁそうだな。俺の場合は龔髪斧が仕込んでいるのもあるが」


 龔髪斧。たしかブーメランの刃みたいなものを仕込んでいるんだっけ。
 何回か見たことあるけど、まさか髪の中に隠しているなんて最初は吃驚したのを覚えている。


「だから余計に髪を気にしているんですね。卍丸さんらしいというか……」


 そう口にしながら書類に落としていた視線を、あらためて卍丸さんの髪型に向けて観察し始める。
 毎回一本でも乱れないように気にしてるみたいだけど、触ったらどんな感じだろうか。
 ……それか、ちょっとでも誰か触ろうとしたら刃が飛んできたりして。


「なんだ、俺の髪に触ってみたいのか?」

「!」


 私の視線で察したのだろうか、卍丸さんに考えを見透かされてしまった。
 もうケアは終わったのか卍丸さんはクシを置いて、正面の机にいる私を見ていた。


「よ、よく分かりましたね。そりゃ一度くらいは触ってみたいですよ」


 そもそもモヒカンヘアーなんて触る機会がないし、どんな感触だろうという興味はある。
 卍丸さんがいつもこだわってる姿を見ているだけに尚更だった。
 ただ普通に考えたら武器が仕込んであるし、絶対ダメとか言われそうだけど……。
 卍丸さんはというと、少し考えるようなそぶりを見せて口を開いた。


「……いいぜ、そんな触りてぇなら触ってみても」

「えっ、いいんですか!?」


 予想外の卍丸さんの答えに、私は驚いて声を上げてしまった。
 てっきり「死にてぇのか」とドスのきいた声で断られると思っていたのに。


「ただし、軽く触れるだけだ。今日は俺の機嫌がよくて良かったな」

「ありがとうございます!」


 まさかOKをもらえると思っていなかったので、ついうれしくなり笑みがこぼれる。
 やっぱり言ってみるものだな、と我ながら思ってしまった。
 ……この時の私は、卍丸さんが何かをたくらんだような表情を浮かべているのに気付くことはなかった。




+++




「じゃあ失礼します……」


 ソファーに座る卍丸さんの隣に腰掛け、その立派なモヒカンに向かって手を伸ばそうとする。
 ちなみに本当は後ろから立った状態で触りたかったけど、卍丸さんに「俺の視界に少しでも入るほうがいいだろう」と制され、
 隣で触ることになった。
 もしや、少しでも危なくなったら止められるように、と卍丸さんなりに気遣ってくれているのかもしれない。
 ただ距離が近いせいか、隣で感じる卍丸さんの視線にちょっと緊張してしまうけど……。


「どうした? 樹里。触らねぇのか?」

「は、はい。それじゃ……」


 卍丸さんに促され、伸ばしたまま止まっていた手が、卍丸さんのモヒカンに優しく触れる。


「あっ、意外と結構固いんですね」


 少しはワックスで固めている部分もあるんだろうか、思ったよりソフトではない。
 私は微かに指を動かし感触を確かめ、そのまま手だけゆっくりと動かし、撫でるように触っていく。
 その独特の感触は、まるで未知のものに触っているような感覚だった。
 
 
「へえ、いい感触かも……」
 
「フッ……黙ってりゃ、なかなかいやらしい手つきじゃねぇか。樹里」

「ななな、何言ってるんですか!」


 急にねっとりとした声でセクハラ発言をする卍丸さんに、つい顔を赤くして反応してしまった。


「俺は正直な感想を述べただけだぜ。樹里が俺のアレを丁寧に扱うように触れて……」

「やめてくださいー! 誤解をまねく発言は! も、もういいですっ!」


 卍丸さんのセクハラ発言が止まないので、声を上げると慌てて髪に触れていた手を離す。
 が、手を離したところで卍丸さんのからかいは収まることはなく……。


「誤解をまねくって何のことだ? 俺は事実を言ったまでだがな」

「うっ、たしかに卍丸さんの髪を丁寧に触ったのは事実ですけど……」


 小さい声で抗議してみるも、まだ顔を赤くしている私に対し、卍丸さんは余裕そうにニヤニヤしている。
 他にうまく言葉で返せないかと頭をぐるぐるさせていると、突然私の髪に卍丸さんの手が触れた。
 

「ま、卍丸さん?」

「俺の髪、触っただろ? おあいこな」


 いつの間にか体の向きを私の方に変えていた卍丸さんは、当たり前のように私の髪を撫で始める。
 まるで先ほど私が触っていたような、優しく、ゆっくり手を動かしながら、髪の感触を確かめるように。
 くすぐったいような感覚で、ちょっと心地が良いけど、じっと見つめる卍丸さんの顔が近くて恥ずかしい。 


「そもそも私許可してないんですけど……」


 距離が近いので目線が合わせられず、小さく抗議を申し立てるも、卍丸さんは何も言わない。
 もしかして隣に座らせたのも、こうやってセクハラするためじゃ……と今更気づくも、もはや遅かった。
 ふいに、髪を撫でていた卍丸さんの手が私の耳に触れ、「ひゃっ」と高い声を上げてしまった。
 
 
「悪い、樹里。手がすべった」

「ぜ、ぜったいワザとですよね! 卍丸さん!」


 まったく謝罪の意思が感じられない謝り方に突っ込んだけど、内心はドキドキしていた。
 顔はまともに見られなかったけど、距離がとにかく近いし、卍丸さんの手は私の耳に触れたまま。
 さすがにこの状態は意識せずにはいられない。
 
 
「相変わらずおもしれぇな、樹里」

「面白くないですよ……い、いつまで耳触ってるんですか」

「あぁ、忘れてた」


 忘れてたなんて絶対ウソだと思いながらも、卍丸さんの手が私の耳から離れた。
 ようやく離れて少しホッとするも、卍丸さんが鋼鉄製のマスクを外し、近くの机に置いた。
 そして今度は私を抱き寄せて顎に手をかけた。
 

「えっ! 卍丸さんなんでマスク外したんですか!? ってか顔近いですっ!?」

「この体勢からわかるだろ、キスするんだよ」

「! き、キス!?」

「いちいち反応でかいな……俺とキスするのは、そんなに嫌か?」


 私が逃げられないように顔はしっかり手をかけられており、真剣なまなざしで見つめられている。
 卍丸さんにそんな目で見つめられると、胸のドキドキが止まらない。
 実際抱きしめられていても、こうやって近くの距離にいても、恥ずかしいが嫌ではなかった。
 

「え、えっと……嫌じゃ、ないですけど……」


 目を逸らし小さい声で答えるも、卍丸さんから「樹里」と小さく低く呼ばれ、反射的に視線を向けてしまった。
 私からの返事を聞いた卍丸さんは満足そうに目を細める。


「じゃ、俺のこと好きなんだな」

「好きというか――あっ」


 私が言おうとした言葉は、卍丸さんのキスによってかき消された。
 重なった瞬間、覚悟を決めた私はぎゅっと目を瞑り、卍丸さんのキスを受け入れていく。
 最初は啄むようなキスが数回続き、心地良い感覚に包まれる。
 卍丸さんの舌先が口内に侵入しようとしたところで、雰囲気に流されそうになった私はハッとする。
 

 ――いつものちょっかいの延長で、キスされてるかもしれない。

 
 どうしても卍丸さんの気持ちを確認したかった私は、無理やり顔をそらしてキスから逃れた。


「んっ……ちょ、ちょっと卍丸さん!」

「あ? なんだ?」


 突然キスを拒まれたせいか、不服そうな卍丸さんが私に問い掛ける。


「い、いきなり展開が早すぎますっ!」

「そういう雰囲気だったろう」

「卍丸さんが強引に作った気もするんですけど……い、いつもみたいに私のことからかってるんですか?」


 本当にからかってるだけだったらどうしようと不安になりながら、視線は外したまま卍丸さんに尋ねてみる。
 卍丸さんは少しの間無言になるも、こっちを向けと言わんばかりに私の頬に手をよせて顔を引き戻された。


「そうか、俺の本心が分からず不安だったか」

「……いつも卍丸さんって私のことからかうじゃないですか」


 口元をゆるめた卍丸さんと視線が合うので、恥ずかしい気持ちがまたこみ上げる。


「いくら冗談でも、好きでもねぇ女に俺の髪触らせると思うか?」

「それって……」

「――からかってんじゃねぇ。好きだぜ、樹里」


 甘くささやかれると、再び卍丸さんに唇をふさがれた。
 なんで私の返事を聞かずに、すぐキスしちゃうんだろうか。
 と、文句も言いたかったけど、今は心地よさで包まれ、返事のかわりに卍丸さんの背に腕を回した。
 
 
 ――今度、また髪に触ってみようかな。
 
 
 目の前の卍丸さんご自慢のモヒカンに見やりながら、ゆっくりと目を閉じる。
 甘く、痺れるような、卍丸さんとの口付けはしばらく続いたのだった。



fin.


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