男塾夢

□回りだした恋ごころ
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 影慶が邪鬼に取り合って数日後。
 ついに樹里は、男塾からの外出許可が出たのであった。

 外出するにあたっては、条件が二つ。
 一つ目は、男塾を出入りする姿を決して他人に知られないようにすること。
 これは塾生の影に隠れるなどして、細心の注意を払い、やり過ごした。
 二つ目は、やはり覚悟していた通り塾生が同行という条件であったが、その相手とは――
 
 
「お、お待たせしました、影慶さん」

「ウム」


 なんとあの影慶が樹里の同行者となったのだ。
 樹里も塾生が同行するだろうとは予想していたが、
 てっきり一号生だと思っていたので三号生、しかも影慶自ら同行する事に驚いていた。
 
 
「まさか影慶さんが私に同行するとは思ってなかったです。聞いてビックリしましたよ」
 
 
 目的地に向かいながら、樹里は早々に口を開いた。
 

「俺もだ、だが邪鬼様直々のご命令であるからな」
 
 
 樹里の隣を歩く影慶は今回の経緯を話し始めた。
 なぜ影慶が選ばれたのかというと、どうやら個性豊かな塾生の中でも比較的落ち着いた容姿をしているからであった。
 確かにいつもの学ランではなく私服を着用していると、体格は常人より屈強かつ毒手のため、分厚い革手袋をしているが、髪型などは一般的だ。
 そのため、わりと街中の風景としては溶け込んではいた。
 
 
「ふふっ、もし卍丸さんやセンクウさんと歩いていたら、ちょっと目立ちますもんね」

「そうだな、あいつらは髪型が派手すぎる」


 樹里の隣を歩いている彼らを想像したのか、影慶は口元を緩める。
 影慶の姿を横目で見ていた樹里は、その表情に思わず胸がキュンとする。
 今の影慶は塾内と雰囲気が違い、私服を着用しているからか年相応の大人の男性だ。
 実際街中ですれ違った女性たちも、何名か影慶の方を振り返り、熱い視線を送っていた。


「今の人、格好良くない? 俳優さんかな?」

「え、ほんとだ。隣にいるの彼女かな〜」


 時には女学生からこのような黄色い会話も聞こえてくるほどだ。
 実際彼女ではないが、女性たちから羨望(せんぼう)のまなざしを受けると、樹里は少々緊張してしまう。
 ちなみに当の本人は女学生に興味がないのか、うわさには気が付いていない様子だった。
 
 
「きょ、今日はよろしくお願いしますねっ。影慶さん」
 
 
 そんな緊張を取り払うように影慶に声を掛けると、影慶は「あぁ」と軽くうなずく。
 緊張してしまうのは影慶がいつもと雰囲気が違うため、二人きりでいるからだと樹里は思い込むしかなかった。



 +++



「お客様、こちらのワンピースですがお似合いだと思いますよ」

「ありがとうございます、でもピンクもかわいいなぁ」


 目的地のショッピングモールに到着した樹里は、久々のショッピングを楽しんでいた。
 ちなみに影慶は、さすがに女性服の店内には入ろうとせず、店の前で腕を組んで待っている。


「うーん、水色と別のデザインのピンク……どっちにしよう」

「あちらのお連れ様にも聞いてみてはいかがでしょうか」

「えっ、連れって――」


 店員がニコニコとして、店の前で待つ影慶に視線を向ける。
 どうやら店員は、同行者の影慶のことを彼氏と勘違いしているようだった。
 「あっ彼氏じゃないですよ」と否定しつつも、自分で決めると時間が掛かりそうなので、樹里はダメ元で影慶に尋ねてみる。
 
 
「影慶さん、これどっちの色が似合うと思います……?」


 ピンクの花柄のフレアワンピースを左手、水色のAラインワンピースを右手に持ち、おそるおそる影慶の返事を待つ。
 影慶は二つのワンピースに視線こそ向けるが、無言のままだった。
 
 
「ご、ごめんなさい、変なこと聞いて。やっぱり自分で決めますね」
 
 
 恋人どうしでもないのに何を聞いてるんだろう、と今更恥ずかしくなった樹里は引き返そうとする。
 
 
「……右がいいんじゃないか」

「えっ?」

「右が似合うと思う。あくまで俺の好みだがな」


 店内に戻ろうとした樹里が振り返ると、影慶は背を向けていた。
 影慶から見た右とは、樹里が左手に持つピンクの花柄のフレアワンピースであった。
 まさか返事をもらえると思ってなかった樹里は驚くが、喜びに思わず笑みを浮かべた。
 
 
「ありがとうございます、これにしますね」


 影慶の背中に向かって礼を述べると、樹里は左手に持つワンピースをカゴに入れた。
 そんな樹里の様子を、ひそかに影慶は横目で見ていたのであった。
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