遊戯王夢
□きっかけはチョコレート
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「えと、お邪魔しまーす」
もうガレージには何回も来ているんだけど、一応よそ様の家なので私は入る度に言っている。
それに好きな人の家でもあるし……って、それよりもチョコだ、チョコ!
私がドキドキしながら遊星の後ろからクロウの姿を確認すると、すぐに仕事着姿のクロウが視界に入った。
だけど同時に、クロウの横に置かれた見慣れない沢山の段ボールの箱の姿も視界に入ってきた。
(何だろ、あの段ボールの山……?)
きょとんとして不自然な段ボールの山を眺めると、クロウが私に気づいたらしく視線がバッチリと合った。
ドキリと心臓が跳ねる。
「お、良いところに来たな、優香! 見てくれよ、この段ボールの山」
クロウは普段通り……というか、後半は少し不満そうな声で言うと視線を私から段ボールに移した。
今、私の頬が少し赤くなったのには気付いてないみたい。
私は密かに心の中で胸を撫で下ろす。
「凄い数の段ボールだね……これ、配達するの?」
「あー、生憎そうじゃ無えんだよ。今日バレンタインだろ? で、ジャックのファンとかいう女からのチョコが大量に送られて来て……ったく、何十人分からって話だよな」
「え!? ジャックってそんなにモテるの!?」
私は驚いて、改めて段ボール――ジャック宛のチョコの山を見る。
確かによく見てみれば、段ボールの隙間からは「アトラス様へ」とか書かれたメッセージもうっすらはみ出している。
そういやジャックって顔は充分イケメンの部類に入るっけ……キング時代のファンも恐らく未だ存在するのだろう。
ただ段ボールの量からして、何十人というか何百人分のような気もしないけど。
「ああ、あまり褒めたくはねえがアイツ顔は良いからな。当の本人はカーリーや御影さんに呼び出されて留守にしてるけどよ。ったく、処理する身にもなれっていうか……」
「処理って?」
「ジャックだけじゃ、こんなに食べきれねえだろ。だから俺も食べんの手伝わされて……毎年のことだが、この時期もうチョコは見たくもねえぜ」
「えっ……」
もうチョコは見たくない……?
それって、チョコは食べたくないって意味なの?
私のチョコだって食べたくないってこと……?
私が言葉を失って突っ立っていると、私の異変に気づいてないのかクロウは「そういや俺に何か用か?」とようやく本題に入ってくれた。
でも、今見るのもイヤだというチョコレートなんて渡してもきっと―――
俯きそうになっている頭を上げ、私は無理に顔に作り笑みを浮かべさせた。
「ううん、別に……何でもないの。たまたま通り掛かっただけだから」
「? そうか? ――って、そろそろ配達の時間じゃねえか! はあ、またチョコなんて見る派目なるぜ……まあ、その分稼げるんだから我慢しねえといけねえか。んじゃ、行ってくるぜ! 優香、遊星!」
「い、行ってらっしゃい、クロウ」
ブラックバードに乗り、急いで仕事に向かったクロウを、ぎこちない声で送った直後に私は深くため息を吐いた。
結局、渡せなかった……。
クロウが今チョコレートも見たくもないほどイヤだったなんて知らなかった。
そんな状態のクロウにチョコなんて渡しても、きっと受け取ってはくれなかった気がする。
やっぱりバレンタインに便乗したのが間違いだったのかな……。
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