ここだお

□遊びじゃないんだ
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本を、読む。


カーテンが揺れて入ってくる風が、私の髪を揺らす。頭に巻きつけられた包帯、頬に大げさに貼られた傷テープ。


体のあちこちがまるで機械のように、鈍くて重く感じる。




いつもは仕事に追われてこんなにゆっくりと読書をすることなんて久しぶりで、少し慣れない気もするが、少なからずもらえたこの休息という優雅な時間を睡眠に使おうとも思わなかった。







「……少し、痛いですね」






戦場は、死と隣り合わせだと聞く。

私は周りの人間から、死を越えた人ならざる人として尊敬されてきた。

死をも恐れず、前線に立ち、冷静で的確な判断をする。死体が彼を覆ったとしても、あの人は表情一つ変えない、と。







(馬鹿な、)






それなりに、死は怖いものだ



もちろん、私だって怖い





この大怪我も、自分の失敗で招いたものだ。預言反乱者を抑えるための仕方のない戦い。それでも、人を殺すことに躊躇なかった私が、あのときだけためらった。


怪我の原因はそれだ

躊躇った原因は…








気がつくと、しおりを動かしたページに文章は書かれておらず、読み終わった裏表紙が顔を出す。本の内容こそ理解したものの、ぼうっとしていたように、ふう、と短いため息が漏れた。




そんなゆったりとした時間を割くように、明るめの声で病室のドアが開く。





…躊躇った原因が、果物が入ったバスケットを土産に私に笑いかける









「ようジェイド、気分はどうだ?」







人を殺める事を嫌う、優しい彼。

誰だって殺める事を好きな人なんていないだろうが、彼は…ガイは少し優しすぎる。






「いやぁ〜もう痛くて死にそうですよ」

「おいおい、不謹慎なこと言うなよ」







眩しい、その笑顔に癒される。

自分でも言い表せないこの感情は、まだガイも知らないことだろう。



バスケットを机の上に置き、私を見下ろす。改めて私を見て、包帯の多さからだろうか、少し表情が曇った。







「あのさ、ジェイド」

「はい?」

「もう戦場に行くのはやめて、事務処理だけにしないか?」






耳を疑いはしなかった。

自惚れているかもしれないが、きっとガイの中で私が傷つく事が嫌なのだろう。勿論私に限らず、誰かが傷ついていく事自体、彼を苦しめている。


それを知った上で、私は戦場に行く








「何を言っているのです。今に始まった事じゃないでしょう」






笑って、誤魔化す

私が得意とするこの笑って話を変える事に、いつも彼は流される。





「でも、」

「軍人たるものこんな怪我は日常茶飯事ですよ」






読み終わった本を、まるで途中から読みだしているように、真ん中辺のページを開いて視線を落とす。

体中痛い。ガイの視線も、痛い。






「さ、そろそろ仕事に戻りなさい。私だって好きで此処にいるのではないのですから」






ガイがマルクトに来て、一緒に過ごす時間が多くなるにつれて、自分が醜く思えてきた。

同じように生きてきて、彼も今まで殺めたこともあって、それでも、ガイの周りは、純粋で輝いているように思えた。




ありありと見せつけられる、自分の汚さ









「…なら俺が、軍人になる」

「…」






言うだろうと、思っていた

自分を代わりにして、人を助けることは、一番彼のちょうどいいやり方。


優しさを全面に感じ取る







「それで、私と共に闘ってくれると?」

「違う。ジェイドの代わりに俺が…」

「できるわけないでしょう」







貴方の優しさに憧れてこんな様の私に

貴方自身が戦場に出たら、真っ先に崩れる




心まで、ずたずたになる







「どうしてそう頑固なんだ?」

「いやぁ、元々こんな性格なもので」

「なぁジェイド…」








どうして、そうまでして縋りつく

私の居場所を、作ろうとする




私はガイが自分と同じような目にあるのが分かっている故に、そうさせたくない。

ガイの優しさは確かに皆を幸せにする。ただそれが、捉え方によってはお節介だ。



今の私には、少なくともそう思える







「頼みますから、戦場のようなあんな汚れた世界へ、来ないでください」

「…ジェイド?」

「優しい貴方がいられる所ではありませんよ」







私は、優しくない。そうなりたいとは、思う

思うだけ、思うだけの、叶わない望み





それでも---…







「俺は…ジェイドが好きだ」






本当に耳を疑うような、言葉。

叶わない、もうひとつの望み






「だから、怪我なんてしてほしくない」

「…」






本のページが、風で捲れていく。

紙の擦れ合う音だけが部屋の中で響いて、静寂を広げていく



憧れという言葉で、偽っていた

私だって、本当は、多分ガイよりも早く、その感情をの名を知っていたはずなのに






「…っ」






ハッキリと、ガイは私に言った。

けれど私のこの口からは、同じように返せない。これで分かった。

私は、弱くて、ずっとずっと脆い






「なにを、」




顔をあげる。ガイの真っ赤になった顔を見て、笑う





「馬鹿な冗談を言ってるんですか」






偽る自分は、汚い






潤んだガイの瞳を見る時間も与えられず、机にぶつかってバスケットを落としながらも病室を勢いよく出ていく彼の背中を、見続ける



冗談じゃない


彼の気持ちを踏みにじっても、私はあの血だまりの場所を動かない

彼が来ないように、守り続ける






「いい年した男が、情けない」







遊びじゃないんだ


(戦場も、君との恋も、)




end…
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