寓話

□星に願いを
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壁には倒れる様な物は何もない。それこそ、あるとすれば今弟子に投げつけられた親友だけなのだが…ぬいぐるみがぶつかった音とは到底思えない。
曽良くんを見ると、無表情ながらに驚いた顔をしていた

恐る恐る音がした方を振り向くと、老人の様な真っ白い髪の知らない青年が逆さまにひっくり返っていた。気を失っているのか、近付いてみても起きる気配はない。
ワタシと曽良くんはお互いに困惑した表情で向かい合った後、その青年を放っておく事が出来ず起きるまで布団に寝かせておくことにした。


日が傾き空が茜色から薄墨色に変わり始め、芭蕉庵は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
青年はまだ起きる気配は無い。悪夢を見ているのか、それともどこか苦しむのか表情は曇っている。ワタシは手ぬぐいを濡らして固く絞り、眠る青年の顔や額を柔らかく拭うと、小さく唸り声が聞こえた。

「君、大丈夫?」

話しかけると声に反応したのか、閉じていた瞼を開けてこちらを眺めた。その双眸は髪とは真逆に漆黒の輝きを持っており、青年というにはあまりにも幼く少年の様な印象を受けた。そして横になったまま、回りを確認するように視線を廻らすと再び大きな瞳でこちらを伺う。

「ここはワタシの家だよ。…君の事を聞いてもいい?」

できるだけ穏やかな声で話しかけると、その子はにこりと嬉しそうに笑った。思わず動きを止めていた手から、濡らした手ぬぐいが滑り少年の顔に落ちる。濡れた感触に顔をしかめ、手ぬぐいを退かそうと腕を動かし

「………人間の手?」

ぎりぎり聞き取れる小さな声で呟き、じっと手を顔の前に持って行き見つめていた。そしてぺたぺたと自分の顔を触っていたと思うと

「買{ク…人間になれたの?!ていうか、これボクの声なの?!」
感極まった様子で騒ぎ出した。
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