おくりもの

□自覚無自覚
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「うちで飲み直さねえ?」

なんでもないことのように至極自然に誘う相手に、男は自分の耳を疑った。




***



仲は悪いのに飲む男がいる。
気心が知れている、と言うと限りなく語弊があるが、まあ、なんというかお互いに気を一切遣わなくて済む相手、が欲しかったのだろう。
双方深くは考えずにそう結論づけて、真選組副長である土方十四郎と、万事屋を営む坂田銀時の二人は、こうして居合わせれば酒を飲む関係、を続けていた。

始まりは例によってのれんをくぐれば同じ河岸だったところから。紛れもなく好みや思考が似通っているのは否定できない。

同じ酒なんざ飲めるか不味くなるわ俺は昔から常連なんだお前が出てけ。いや俺の方がよっぽど昔から見つけて通ってたんだテメーこそ出てけこのもじゃパーマネント。誰がもじゃパラマウントだベッドなら布団で間に合ってますぅつかなんでジーさん用のベッドなんだよてめこれが白髪だってか銀さんのこと舐めてんのかコノヤロー!ふざけんなどんな器用な聞き間違いしてんだンなこと一言も言っとらんわ!あのー、お客さんがた。ああん!?声と凄みを効かせた顔がふたつ並ぶ。それにも店主は動じない。にこにこと続ける。旦那も副長さんもいらっしゃったのは同じ時期ですよ。少なくとも初めていらっしゃった時のウチの感想と注文はまったくの一緒でしたね。印象的だったもんで覚えてますわ。おや、どうなされたんで?

……なんでもねえ。

またハモった。

……オイ、真似すんなよ。
いやいやおめーの方だろ。

そうは言いながらも今度は二人とも店の衆目を集めながら会話していたことに気づき、小声ですごすごと腰を下ろしたのだった。




かくして、当初はいがみ合っていたこともあるのだが。そんな具合で、本人たちは否定するだろうが万事屋の従業員の子どもたちにも真選組の面々にも飲み友達としての交友関係がすっかり定着していたのだった。

今から数時間前のことだ。二人とも一軒目で飲みたりず、次、ハシゴするかと土方が持ちかけた時だった。しかし銀時は首を縦に振らず、代わりにいつもと違う言葉を口にした。

うちで飲み直さねえ?

土方は一瞬ためらったが、結局は銀時に押し切られる形で万事屋に行くこととなった。そして話は冒頭に戻る。二人がコンビニで買った袋を提げて万事屋にたどり着くと、銀時は土方を応接室に通し自分は台所に引っ込んだ。
他人の家に上がることに対し、仕事柄もあってかいつもは傲岸不遜な態度でいることが多い土方だったが、招かれて万事屋に来たという事実が、土方を妙に落ち着かない気分にさせていた。煙草を吸おうかとも思ったが、勝手もわからないしとあきらめた。
まもなく軽いというには豪勢な酒の肴を持って現れた銀時に、土方が内心ほっとするやら感心したのは当人にしかわからないことだ。同様に、銀時もいつにない居心地の良さを実感していた。酒も、飲み潰れるまで競うようなものではない。ゆっくりと、それこそ返杯するとくとくと注ぐ音が聞こえるほど、静かで穏やかな時間だった。






意外とこいつと飲む酒美味しいななんて。

「......俺も酔いが回っちまったかね」
「んん、」
「おう、起きたの」

むずかるような声をあげて土方が目を開けると、ちょうどパジャマ姿の少女が銀時の背後にとことこと近づいてくるところだった。銀時はコップをテーブルに戻すと、今度はソファ越しに少女に向き直る。

「銀ちゃあん」
「どうした神楽、もうそんな時間か」

こくん、と眠りかけているのか頷いたのかわからない合図をする神楽に、土方そっちのけで『風呂は入ったか?歯は?』なんて父親のようなことを優しい顔つきで言うものだから、土方はそのやりとりを黙って見ているしかなかった。

「便所は行ったか?」
「もう済ませたネ、だから来たヨ」
「ん。そか、わかった。じゃあおやすみ、神楽」

ちゅ、とかわいい音を立て額から離れていった銀時の唇に、土方の目は点になった。かと思えば、次は神楽が銀時の指さす先にその血色の良い桜色の唇を落とす。今度は満足そうに銀時が笑った。
銀時が神楽が走り去るのを見送る間、土方が驚きのあまり一言も発せないでいると、それに銀時は何か思い当たったようで口を開いた。

お前もしてほしいの?

一瞬、何のことかわからなかった。
次の瞬間には向かいに座していたはずの銀時の顔が近づいていて、焦点が合わないほどの距離になったかと思うと、なにかとんでもなくやわらかいものがとんでもないところに触れて、そして息苦しさに思わず口を開いた瞬間を逃さず熱いかたまりがじゅるりと触れ合った。
土方は我に返ってどん!と目の前の胸板を突き飛ばした。拍子にいつの間にか掛けてあったらしい毛布が足元へ落ちる。

「ッ、テメー、何しやがる……!」

乱暴な口調とは裏腹に、土方の声はか細く、震えていた。

「おめー、泣いて……?」
「違うっ!これは、驚いたからっ……!」

声を荒げた土方の瞳から、ぼろん、と大粒の雫がこぼれ落ちた。

「ッ、」

土方は言葉につまると万事屋を飛び出した。
すかさず銀時はあとを追いかけていた。理由はわからないが、とにかく無我夢中だった。
あの土方をひとりにさせてはいけない。
ただその一心で。
程なくして、銀時は繁華街の建物の影に隠れやり過ごそうとしていたらしい土方を見つけた。荒い息と気配に、観念したように土方がゆっくりと振り向く。

目が、赤い。

「………ああいうことは普通、好きなヤツ同士でやるもんだろう。お前は、誰とでもできんのか、ああいうこと......。なんで、俺みたいなッ…、それも嫌いな野郎にンな真似できるんだ。いや、憎いからか……?」

最後の言葉はほぼ独り言だった。銀時は、そこまでをただ黙って聞いた。その顔には、先ほどまでのような酒に酔った様子は失われている。
ふい、と土方から視線を外すと、ごわごわと膨らむ癖毛をさらにかき回して、ぽつり。

「……悪かったよ」

土方は銀時の第一声にびくりと身体を震わせた。その瞳は、誰も踏み入れたことのない湖水のように澄んでいた。
予想通りの答えが返ってくるのだろうと、土方はわずかに身体を強ばらせた。

だかしかし、来るべき衝撃は男によって別の形でもたらされる。




「だからあれは、好きなモンとか自分のもんにマーキングするのと同じでだな、」
「は?」

好き?

「あ、いやだからアレだよ、深い意味はなかったっつーか............俺がしたくなったから身体が勝手に動いたっつーか」

本人の自覚はいざ知らず。どう聞いても銀時の声は裏返っていた。

「したかったのか?お前が?俺と?」
「えーと......。そういうことになるんデショウカ」
「なんで?」
「............。」
「それにガキとはおでことほっぺたで、俺にゃあ口でだったよな」

取り繕おうとすればするほどボロが出る。

銀時はそれを現在進行形で身を持って体感していた。思考回路はショート寸前。今すぐどうにかなりそうだ、ヘルペスミー!
救いを求めて視線を彷徨わせるも、ここは路地裏。両側はただのコンクリートの壁に挟まれて、辺りにひとがいる由もない。結局銀時の視線は、再び土方のもとに戻ることとなる。

「あとよ、さっき気づいたんだけど、お前靴はどうした?」
「............。」

下を見れば、裸足。

とどめだった。
形勢は完全に逆転だ。土方の瞳に溜まった涙など、今や影も形もない。代わりと言ってはなんだが、その涙は隣の男に移っていたようだった。

まともないらえも返せずに、とうとう銀時は路地裏でうずくまった。

足元から蚊の鳴くような声で、ちくしょー、穴があったら入りてぇ......。と聞こえて、土方は思わず吹き出した。
銀時がジト目で睨みつける。
そんな銀時のそばに土方もしゃがむと、夜風で冷たくなった愛しいひとの頬を優しく包み込んだ。

「なんだよ、笑いたきゃ好きなだけ笑やいーだろ」

真っ赤で涙目。こんな顔、見たことない。

土方は、これ以上この男を虐めるのはまずいと、素直に先を促した。

「ごめん。嬉しいやらかわいいやらで、笑っちまった」
「............。」
「あのよ」
「なに」
「聞きてえことがある。...........お、れは」

土方がごくりと唾を飲んだのが、正面にいる銀時にもわかった。瞳に力がこもる。

「──俺は、土方十四郎は、テメーが、坂田銀時が好きだ。大好きだ。惚れちまってる。で、そっちは?」
「だああああっ!なんでおめーはそう男らしいんだよ!銀さんいいとこなんもないじゃん!どっかの主婦みたく裸足で駆けてきただけじゃねーか、情けねぇ......」

銀時はそこで言葉を切ると、吹っ切れたように叫んだ。

「あーもうわかってんだろ。これが俺の返事だよ」
「う、わッ!ん、」


不意打ちで隊服を掴まれ土方がバランスを崩す。

二つの影が重なった。



「今のは?」
「Yesのキスに決まってんだろ」

二人で顔を見合わせる。

薄青の瞳と深い不思議な色合いの瞳がかち合うと、どちらともなく吹き出した。

「はん、本気が感じられねえな。テメーの気持ちはそんなもんか」


両思いとわかった途端に強気になる土方に、今はしかし怒りではなく可愛さを感じるあたり、自分も存外夢中だったのかと銀時は笑った。

「そんなに言うなら期待に応えねーとなぁ、腰が砕けても知らねーぞ。ぞっこん惚れてますよコノヤロー」

こっから先はR指定だ。


自覚無自覚

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