おくりもの

□そこにある風景
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吐き出した息の凍るような白さを目で追いながら、すっかり冷たくなった両の手を擦り合わせる。

肝心な時に刀を満足に振るえないようではまずい。
一瞬の判断、動作が遅れ、万一取り逃がすことがあればここまでの苦労は水の泡だ。まして小さな油断は命取りにもなりかねない。

真選組副長、土方十四郎は、攘夷浪士潜伏との噂を嗅ぎ付けた遊郭の、そのまた裏路地にある通用口にひとり潜伏していた。
別動隊として原田や山崎らも各位置に待機しているが、今回は攘夷浪士の、それも下位グループに所属すると目される男ひとりが相手ということで、配備は比較的小規模なものである。それでも所属組織やそれに連なる何らかの情報を持っているかもしれない。
希望を託し、男が何か動きを見せるまでかれこれこの場で3時間は雪に降られている土方だった。軽く身動ぎすると、肩に積もった雪を払い落とす。
と、急に胸ポケットに入れていた携帯が暗闇の中で灯った。折り畳み式のそれを反動をつけて開くとワンプッシュ。

「どうした」
『河内又兵衛と見られる男がたった今ご丁寧に正面入り口から出て来たぜ。だが─』

妙に口の重い原田に、嫌な予感がしつつも土方は先を促した。

「…それで、捕まえられたのか」
『ああ。但し奴(やっこ)さんの着物だけで』

それだけで土方はどのような状況なのか予想がついた。身代わりの代役を立てていたのだろう。それも随分最初のうちから。おおかた土方たち真選組のことは既に割れていて、今夜の情報もわざと見つかりやすいようリークされていたにちがいない。過激派攘夷グループの、そのまた更に下の下に位置する使い走りと思っていたが、認識が甘かったようだ。今頃は親玉のところにでも戻って、巧妙に『足跡』を消しているだろう。

遊郭が協力者として捜査の網を潜る手を貸していたか、脅しに遭っていたのか、あるいは攘夷浪士の隠れ蓑とされた事実すら知らないのか、聞き込みをする必要が出てきた。土方としてはなるべく穏便に突き止めたいが──。

『無駄足になっちまったな』

すまねえ、副長。
スピーカーごしに伝わる声音から、土方はスキンヘッドの部下がすまなそうに頭を掻く姿が容易に想像できた。

「構わん。ご苦労だった。身代わりがいるならそいつは事実聴取に回せ。それから山崎にももう女装はいいと──いや、ついでに遊郭内部の情報をもっと聞き込んでから屯所に帰ってこいと伝えろ」
『…副長、山崎が持ってきたネタだってこと、ひょっとして怒ってらっしゃいます?』

思わず敬語が飛び出た。

「あ?」
『いや!なんでもない!俺からしっかり伝えておくんで安心してくれ!!車はどうする?これからだと少し時間がかかるけどよ』
「ああ。それなら俺は先に戻る。歩きながら、どっかのバカの始末書と修理代の山を勘定方に回す算段を考えらぁ」

頼むぞ原田。

そして電話は切られた。
雲行きの怪しさを敏感に感じ取っていた原田は、ここにはいない地味な同僚と、自らが最も破壊に勤しむ某若手隊長、そして先ほどまでの通話の相手を思い浮かべ、大きく嘆息した。握りしめていた携帯の、アドレス帳の後ろのほうを開く。言い方を考えながら、原田は発信ボタンを押した。



***



「ちっ、また電話か」

原田との通話後、すぐに屯所に戻ろうとしていた土方にまたも携帯の呼び出しがあった。相手を確認するのもわずらわしく、土方はそのまま通話ボタンを押す。

「…はい」
『あ、もしもーし?土方?俺だよ俺』
「………。……警察相手に拙者拙者詐欺たぁいい度胸だなコラァ。しょっぴかれてえか」
『ちょ、恋人にその言いぐさはねぇんじゃねーの?ぎ・ん・さ・ん!土方の大好きな銀さんですよ!』
「─おかけになった電話番号は、現在『わーっ!?タンマタンマ!すいません土方くんを大好きな銀さんの間違いです!頼むから切らないで!』

はぁ、と土方はため息をついて声真似をやめた。

「何の用だ」
『何の用って…。あ、今車の音聞こえたけど、土方ひょっとして外?』

仕事中だった?とためらいがちに尋ねてくる銀時に、土方は相手に見えるわけでないが頭(かぶり)を振った。

「今さっき張り込みが終わったとこだ。あいにく俺は車じゃなくて徒歩だが」

真選組のパトカーは目立ちすぎる。今回は運転手役に原田を立て、現場からやや離れた空き地に駐車させている。先ほどの土方の指示通りであれば、原田がそのうち身代わりを連行して屯所まで戻ってくる手筈になっている。

静まった大通りを見渡して、ああは言ったが、土方は自分がこうして歩いているのはひとりで夜風に当たりたい気分だったからだ、と気づいた。仕事中だったのに。
連想、してしまったから。

『そっか…。今どのへん?』

一瞬、これは夢かと土方は思った。でなければ、こんな都合のよい話、あるはずないと。

「…か、ぶき町の外れ。角のたばこ屋のとこだ」
『っ!わかった!ちょっとそこに居て!!』
「お、う」

土方は受話器の遠くで響く会話を聞きながら、あわただしく切れた携帯電話を懐にしまった。



***


「神楽ー!」
「なにアルカ銀ちゃん」
「俺、ちょっと出かけてくるわ」「こんな時間にどこ行くネ」
「あー、えっと、アレだ。糖分的なものの欠乏症?」
「ふーん。…じゃあ私は寝てるアル」
帰ってきても起こすなヨ。

「おう」


確実に気を利かせた少女に気恥ずかしいやらくすぐったい気持ちになりながら、銀時はまごつきつつもなんとかブーツを履くと寒さの強い夜のかぶき町へと飛び出した。



まだまだ夜は冷え込みが厳しい。けれど、それすらも気にならないほどに、銀時の心は浮き足立っていた。雪とネオンが彩る見知った道を、白を蹴り上げながら、走る。
自然、息があがってきた。


あるいは吐く息の白さに。

「はっ」

あるいは夕げの食卓に並ぶ調味料に。

「はあっ」


お前に、会いたくなった。



銀時の目に、静かに舞い落ちる雪の中、小さな小さな煙草の灯が見えた。すかさず銀時は声を張り上げる。

「土方!」
「っ!銀、時」

土方の目が静かに揺れた。

互いが自分の生活の一部なのだと思い知らされた、ある夜のこと。

そこにある風景


ただただ恋しい。





………………………………
お前がいなきゃ、だめなんだ。


書き出したのが冬だったので、なにやら冬真っ最中のお話になりました。果たして切甘という素敵リクにお応えできているのか…><
こんな感じに仕上がりましたが、もしお気に召していただけましたらリクエストくださった方はお持ち帰りフリーです。リクエスト本当にありがとうございました!

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