それは、いつものように部下が脱走して一人で巡回中の時のことだった。
土方、と己の名を呼ぶ聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはやはり銀髪頭の男が──いや、その人物とそこでやっかいになっている少女、メガネの少年の三人がいて。
……。
思わず期待してしまった自分を無理やり押し込むと、土方は目の前に突き出された茶色の物体を仰視した。
「オイ…なんだこれは?」
「なんだとは失礼ネ。見ての通りかわいいワンちゃんヨ」
「だから、どういうつもりで俺にコイツを向けてるんだって聞いてんだよ」
苛立ちを隠そうともせずに先を促すと、少女──神楽はとんでもないことをのたまった。
「このコ、川原のそばの段ボール箱に入ってたアル」
─捨て犬か。
土方は無類の動物好きという訳ではなかったが、かといって捨てられた動物に情が湧かないほど冷たい人間でもなかった。
ただ、今の自分の立場を考えれば、このあと少女から出るだろう言葉に縦に頷くことはできない。
「ニコ中のところなら広いからこのコ飼えるデショ?」
案の定、ずい、と先ほどから抱えている子犬を神楽はさらに差し出した。
「断る」
イライラの原因は土方自身よくわかっていた。銀時が先程から一言も口を聞かないのである。
確かに付き合い始めて間もない頃往来で声をかけてくれるなと言ったのは自分なのだが、このような状況であれば話かけてくれてもいいものを。理不尽な怒りを感じた土方は、とっておきの切り札を思い付いていた。
「…俺もペットに手ぇ焼いてんだ、んな余裕はねぇ」
「えっ、ニコ中ペット買ってたアルカ!」
「ああ…」
なになに、と興味を示す神楽に土方は銀時を見据えながら、続けた。
「自称Sで人をいじるのが好きなクセにイレギュラーにはとことん弱い頭も中身も爆発してネジが抜けてるせいで味覚も破壊された残念な未確認生物"TENPA"だ」
「えっ。ちょ、タンマ土方。それ確実に俺だよね。俺以外の何者でもないよね?味覚破壊って団子にあんなえげつないデコレーションしてる人に言われたくないんだけど…っていうかなんだ"TENPA"って!」
予想通りの銀時の慌てぶりに土方は内心笑う。
「…知らねぇ」
ぷいっと土方は赤く染まった顔を見られまいと反らしたが、いかんせんその両の耳まではごまかしきれなかった。そのままさっさと帰ってしまう。
「や、ぷいっとか止めて欲しいんだけど。もうほんとあの子…!」
従業員二人をよそに、銀時は髪をかきむしってひとりごちた。
その背中にかけた言葉は、果たして。
翌日。
土方からの使いだと犬を引き取りに現れた地味な部下に、屯所までついていった銀髪の男がいるとかいないとか。
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