ぎんたま!

□均衡を崩す文字
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「土方、か…?」

人目に触れまいと考え蹲(うずくま)って休んでいた路地裏。不意に声が聞こえた。
──先ほどの残党か。
反射的に腰の愛刀に手をかけ相手の顔を仰ぎ見る。己の予想は見事に外れていた。

「万事屋…!」

なんでお前が気づくんだ。なんで声をかけてきた。内心の苛立ちとも焦りともつかないものを鬼の副長と恐れられる仮面で隠す。努めて平静の声を出し、尋ねた。

「──オメーはなんでここにいる?」
「なんでっていうか…お前が見えたからなんだけど」
「顔が見えたら挨拶すんのかよテメーは。俺たちゃそんな仲じゃねぇだろ」

自分でひどい言葉を吐いておきながら、傷口とは違う痛みに眉をひそめた。我ながらなんと滑稽なことか。

「痛むのか?」
「あ?」
「右腕。いくらおたくらの制服が黒いからってそうそう隠せるもんじゃねぇだろ」

そう指摘された利き腕は、確かに赤黒く染まり濡れていた。

「………違う。これは…ケチャップだ」
「はあ?いつからケチャラーになったんですかおたくー。
じゃあ、ケチャップでもなんでもいいけどよ?ちょっと出してみ腕」

有無を言わせぬ万事屋の態度に、先ほどから体力を消耗していたせいで反応が遅れた。

「あー、すっぱりいってんな」
「だからこれは違っ…!」
「土方」

いつになく真剣な顔つきで、幼子をたしなめるように名を呼ばれる。

「………」

やめろ、優しくしないでくれ。
そんな風にされたら、俺ァ単純だから勘違いしちまう。好きでいてもいいのかなって。

その後傷を確認した万事屋は懐から出した手拭いで手際良く手当てをしてくれたのだった。



***



そこまでを振り返り、タバコを取り出すとあまり動かない右手で火を点ける。誰もいない静かな自室でゆっくりと煙を吐いた。
あの男はなんだかんだ言いながら結局俺を屯所近くまで見送ってくれたのだ。手前で別れたのは、手負いの俺が犬猿の仲のアイツといるところを隊士に見られまいと気にかけてくれたのだろう。いい加減に見えて、その実(じつ)人一倍情に厚く気遣いをする男なのだと、けして少なくない付き合いの中で知った。

本人のいないところでまでこれほど頭を占めているなんて、と思う。アイツにこの感情を知られる訳には、まして伝えることなどあってはならないのに。

「……くそっ」

とりとめなく溢れていた思考を振り切ると再び筆を取った。が、書類の内容が頭に入らず、乱暴に前髪を掻きむしる。
あの直前に出くわした不貞浪士どもの報告書など、今は到底手につきそうもなかった。


均衡を崩す







………………………
銀土素敵片思い企画「口下手でありまして。」様に投稿させていただきました。

銀さんもこの時ただのおせっかいじゃなくて土方のことを想ってます。ビバ両片思い。ただ銀さんは表情に出したりはせず、感情を隠すのが巧いので土方一人称ではなんだか切ない感じ。このあとなんやかんやあって(アバウト)ハッピーエンドになってもらいたいです。片思いって響きだけでときめきます。

主宰の恭さま、こんなすばらしい企画を立ててくださってありがとうございます。
お題に沿えているかどきどきですが、素敵な執筆者の方々と一緒に参加することができとても楽しかったです。本当にありがとうございました!


円屋ちぼこ
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