ぎんたま!

□無題
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※付き合う前



しくじった、と男は思った。
目の前に広がる光景を見つめ、もう何度目か知れぬため息を吐く。
こんなことになるとわかっていたら、近くの定食屋なりレストランに入ってしまえば良かったのだ。でなければ山崎を迎えに寄越すという手が──。

「…それじゃあ意味がねぇか」

いずれにせよ、このまましばらく軒下でやり過ごすしかないという結論に至り、男は家路を急ぐ人々を眺めるのに専念する。

そう。男──土方十四郎は現在絶賛雨宿り中であった。


雨のちなんやかんやあって晴れ


あれからどれくらい経っただろうか。今や通りを行き交う者も人っ子一人いなくなり、残ったのは地面に叩きつけるような雨音が広がるばかり。いわゆるゲリラ豪雨というやつで、軒下で雨風に晒され長時間身動きの取れない土方は我慢の限界だった。

「…クソッ。だから女の言うことと天気予報は当てにならねぇんだよ」

脳裏に今朝ニュースで見た天気予報を浮かべ、一人ごちる。
大体ゲリラ豪雨って何なんだ。こちとら真選組だぞなめてんのかコラァ。ゲリラだろうがゴリラだろうが一網打尽にしてくれるわ。そのまま着流しの懐に手を入れると、煙草の箱を取り出す。が、煙草もいつもの数倍のペースで消費し、随分前に空になっていたのを思い出した。くしゃりと手の中の物を握り潰すと、土方は腕組みをして再び民家の壁に寄りかかった。パシャ、と、雨音とは違う音が通りの奥から聞こえた気がしてそちらに目をやる。

…まだ外にいる奴がいたのか。
顔は傘で見えないが、足元のつなぎには泥がはねており、急いでいるのが見て取れた。それはそうだ。よりによってこんな大雨の日。誰でも早く家に帰りたいに決まっている。では自分は今日この日に何をしているのか、と土方は片方の口の端を引き上げた。

「おい、おにーさんこんなとこで何してんの」

声にいつの間にか俯(うつむ)いていた顔を跳ね上げる。どういう訳か、傘の主は土方の前で立ち止まっていた。普段の着流しに洋装という妙な出で立ちではなかったが、顔に張り付いたひとを馬鹿にしたような面は普段通りだ。土方はげんなりしながら返事を返す。

「……見てわかんだろ。雨宿りだ」
「いやいやわかんねーよ」

捨てられた子犬が呼んでるかと思っちゃったよ銀さん。たわごとを抜かす見慣れた銀髪男を睨むと、土方はテメーこそ何やってると凄みを効かせた声で尋ねた。

「あー、アレだよ。雨漏りがひどいってんで甘味屋の屋根修理してたんだ。仕事の帰り。で、副長さんがせっかくの非番の日だってのにこの雨の中ぽつんと立ってるから声かけたんだよ」
「…非番だってどこから聞いた」

土方はなおも警戒心をむき出しにする。

「いや、仕事人間のお前が私服でうろついてたら誰だってわかるだろ」
「なっ!」

見る見るうちに全身を赤く染め震える土方に、銀時はわずかに焦った素振りを見せた。

「おーっとタンマ。今日はお前とケンカしようと思って来た訳じゃねんだよ」
「だったらさっさと失せやがれこの万年ニートが」
「おま、それはねぇだろ」

そう言いながらも銀時は怒る風でなく、手にした傘を畳んで土方に寄越してきた。

「何の真似だ、万事屋?」
「やる。銀さん今日はサラッサラのストレートヘアになりたい気分だから。水も滴るイイ男だからねコレ。町中の女がほっとかねーよ」
「ハッ。馬鹿言ってんじゃねぇ。誰がテメーの傘なんざ使うかってんだ。俺ぁこのまま帰る」

軒下から出ようとした土方の手首を銀時が掴む。

「何すっ…!」
「あ、ちょっと待ってて」

左右のつなぎのポケットに手をつっこむと銀時は何やらごそごそとやりだした。

「手ぇ出してみ」

いつになく優しいその表情に、その声に。気づけば土方は素直に両手を差し出していた。

「はい、コレ」
「飴…?」
「糖分は疲れた時も疲れてない時も良いんだぞ〜」

ぽん、と土方の頭を撫でるように一瞬触れると、銀時はその隙に傘を壁に立てかけ、背を向けて走り出した。

「ッおい!」

突然のことに反応が遅れた土方は慌てて銀時に声をかける。それにちらりと振り返った相手は、雨音に負けない大きな声で叫んだ。

「それじゃあなー。おめでとさん」
「っ!何なんだよ…。あの野郎は…」

後ろ姿の小さくなってゆく男には、土方の声が届くことも、ましてどんな表情で呟いたのかも、知る由もなかった。


「……格好つけやがって。ばかやろう」

それから土方が屯所に着く頃には、先ほどまでの豪雨が嘘のように、空にはただただ突き抜けた青空が広がっていたのだった。







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