デジモン

□僕+君=答えはまだ秘密
2ページ/3ページ


「ひぃー、暑かったあ!」
「ん、おい!急に立ち止まんなよな」
「あ、わりぃ」
「たく…」





僕+君=えはまだ秘密




時間にしてみたらちょうど太陽がてっぺんに昇る時間帯。
外の蒸し返る暑さ。サンサンと照り付ける光。最凶タッグが織り成すうだる空気に周りが歪んで見える。
暑いという理由で少年二人はここまで走ってきたのに、それが間違いだったんじゃないかと今更ながら鈍った思考を巡らせるが、それは本当に今更すぎるため考えることは諦めて噴き出す汗を襟首で拭った。

バタンッ。盛大な音を鳴らし片割れの少年、兼家主であるヤマトが冷蔵庫から冷えたポカリを取り出す。もう一人の少年、太一はダイニングへ向かった。
手際よく二つのマグカップに冷えたポカリを注ぎ太一を追えば、太一は買ってきたばかりのカップアイスを開けて(しかもちゃんとスプーンも準備済みだ)もう食べるばっかだ。
ちなみに手前にあるバニラがヤマトで奥のチョコが太一である。
ヤマトがアイスを受けとって空いた手にマグを手渡して。
淀みない工程が行われたこの間二人に一言の会話はない。
それからヤマトは風呂場に行きタオルを二本持ってくると一枚を太一に渡し、太一の向かいに腰掛ける。そこでようやく会話は始まった。

「毎日毎日あっちぃよなー。座ってんのに汗止まんねぇよ」
「ちゃんと身体拭いとけ。ウチ来て風邪引いたとか迷惑だ。それからシャンプー多分お前で終わると思うから、棚の下な」
「わかってるって。掃除終わったらそのまま使うけど、いいよな?」
「ああ、その間飯作ってるよ」

今まで何度こういった会話を繰り返しただろう。
築いた時間のおかげかせいか年を重ねるごとに主語が抜けてもわかるようになってしまった。
きっかけはあの夏で、太一の一言だったのけれど。


『残りの夏休み、ヤマトの傍にいたい』


大切なパートナーデジモンと別れたばかりで寂しかったのだと思う。
太一とヤマト、掛け替えのない友情で結ばれた二人は他の子供達よりも遥かに強い絆を持っていたから。だから二人が一緒に居ればあの時間が色褪せることはないはずだ、そう思ったのだろう。
太一はこっちに帰ってきたとき親に抱き着いてわんわん泣き、それから涙で濡れた顔でヤマトを抱きしめて縋るようにそう漏らした。
ヤマトは泣くのを必死に我慢していたから嗚咽しか出せなかったけれど、背に回る腕の強さに、珍しく吐露する太一の想いに自分もまた強く抱きしめ返すことでそれに応えた。
そうしてその言葉通り夏を過ごし、気がつけばあの時のような寂しさからではなくごくごく自然に共に時を過ごすようになっていた。


「んー!んまい!やっぱ夏はコレだよな」
「一気に食うなよ。腹壊すぞ」
「なんだよヤマト。固ぇこと言うなよ」
「…。ま、太一の言ってること、わからないわけじゃないけどな」
「へーん、素直じゃねぇの」

ヤマトはポカリを一口飲んで太一を見遣る。太一はおいしい!といった感情を存分に表してアイスを口に運んでいく。
ヤマトはそんな太一がなんだか微笑ましくて自然と口端を綻ばせてしまうのだが自分では気付いていない。
太一は太一で時折見せるそのどことなく優しさを含んだ(いつものヤマトは太一に対して少し厳しいのでこれは貴重なことなのだ)眼差しに胸がポカポカして、ヤマトは自分に心を許している、俺達は親友なんだと嬉しくなってますます表情を緩める。
太一もヤマトもそこまで口が達者な方ではないし、太一はサッカー好きでヤマトは野球好きと趣味が合うわけでもないのに、二人共この時間に不快感を持ったことはなかった。むしろ一緒にいるのは楽しいと思っていた。


4分の3程食べたところで太一は何を思ったのか手を止める。
ヤマトはそんな太一を不思議に思いながらも、冷たさを求めて僅かに溶けて滑らかになったアイスを無事舌の上に届けきる。
太一もそれを見届け、今度は当たり前のように自分のカップをヤマトに向けた。
ヤマトは突然目の前に出されたカップに何度か瞬きをすると太一に一目おく。深茶の瞳は真っ直ぐに、空よりも海よりも透き通った瞳を捉えて訴えてくる。
青を持つヤマトは太一の意図を的確に察知してうーんと悩む表情を浮かべるが、やがてスプーンにアイスを掬い、ほれ。そう一口分を太一の口元に持っていった。途端に太一がパクつき口の中に消える。
「ん。うま!でも一口じゃ足りねぇよ」
「てめっ」
「なぁ、いいじゃん。とぼけんなよ」
俺の言いたいことわかってるだろ?遠回しの台詞にスプーンを握り締める手に力が入りふるふる震える。
それでもなお、太一は最後には自分が折れることを確信した態度を見せていて、自分でも認めたくないけれどもう既にどこかでそれを許しているから。
ヤマトはぅ"〜と唸ったあと、徐々にやれやれといった表情を見せ始め、ついに自分のまだ半分は残っているカップを無邪気さをのせた笑顔に差し出した。

「やり!交渉成立!」

「…お前なぁ」
「だってヤマトが食ってるの見ると食いたくなるんだからしょーがねぇじゃん。それにほら?ヤマトも二つの味が楽しめてお得?」
へへへ。と笑う太一に、慣れたヤマトは脱力する気にもならない。
ただヤマトだって無条件に了承する気はさらさらなく、太一ににやりと一瞥して
「俺のがアイス少ないから食器の後片付けはお前だからな」
と一言告げた。
太一はあーんパクッとバニラを頬張って嬉々とした顔を一変させ、えー!とぶーたれてから、何か文句あるのか?あるなら返せという無言の視線に負け、しおしお頷いた。
「じゃあオムレツにマカロニサラダ」
ちゃっかり注文をつけるところはさすが太一というところか。
「了解。それから冷菜スープ…、は夕飯でいいか。家に電話しとけ」
「やった!電話はしてあるから大丈夫だぜ」
「そうか」
「親父さんは?」
「泊まり。朝言ってた」
「そっか、忙しい時期だもんな」
さらに言えば夕飯も食べていく気だったのもさすが太一、なんだろうか。
そしてそれに気付かないヤマトもさすがヤマト?

「そうゆうこと」
返しながら殆ど溶けかけている交換したばかりのアイスを含み、咥内に広がるチョコの味にヤマトは「甘…」と心で呟いて、でもま、嫌いじゃないと付け足す。
むしろ好き、かな。とさらに付け加えたのは素直じゃないヤマトの胸の内に。

ヤマトがふふ、と唇だけ笑みを作っているのを、そしてそれを隠していることを太一はお見通しなのだけれど、指摘すると頬を染めてムッと捻くれることもお見通しなのでもう少し眺めていることにする。
だけど…。スプーンを口に加えたまま太一は先を想像する。
うん。やっぱくるくる変わるヤマトのそんな顔を見るのも好きだから後でからかってやろう。
太一はこの後の楽しみを見つけてニシシと笑った。

「なんだよ。気持ち悪い顔して」
「き!?ひっでー!」
「本当のことだろ。ほら早く。食ったならさっさと風呂行け」
シッシッと犬のような仕種までされてあしらわれた太一は反論しても無駄だと早々に結論付けて「へいへい」と返事を返した。
「ちぇ。今さっきまでニコニコ笑ってたくせに」
「な!誰がだ!」
「あ、あ〜ら〜、聞こえてたのねぇ。あはははは…」
「早く行け!」
「ぅわお、おっかねー」
「着替えはカゴの隣!」
「リョーカーイ!」
ぴゅうと音が鳴る勢いで太一の姿が風呂場へ消える。
ヤマトは残りのアイスを掻き込みポカリを煽ると、頬にさす紅さに気付かないふりを決め込んで太一の要望に応えるべく卵を何個も冷蔵庫から取り出すのだった。
ヤマトの心中には、こうなったら特大のやつを作ってやるー!という叫びが木霊していた。
恥ずかしさを変な方向に昇華させるのも、さすがヤマト、といえる由縁…?なのかもしれない。












おまけ?の数時間後



「あ」
「ん?どした?ヤマト」
汗も流して昼飯も終わり、片付けも済んでいわゆるお昼休み中。あまりの暑さにヤマトの了解も出てエアコンの効く涼しい部屋。見るものはないけれどとりあえず付けたテレビを眺めながら。
太一が目をショボショボさせている最中、ヤマトはふと思い出したとおもむろに太一を見た。
「そういやさ。この前お前が着てた服ボタン外れてたんだよ。干してるときに探したんだけど結局見つからなくて…。予備とかってあるか?」
淡々と続く言葉に太一はボタン、ボタン?というかいつ着てた服だ?と頭を捻る。だが飯も食い、眠気も増す脳でまともに思い出せるはずもなく、太一は可もなく不可もない返事でもって答えた。
「んー…。予備なんてあったとしてもなくしてっからなぁ…。まあいいよ。なんか、別の付けといてよ」
「そうか。なら良かった」
「良かぁ…った?」
うつらうつら〜とだんだん身体が揺れ始める太一を余所に、ヤマトは立ち上がり畳んだである衣服の中から問題のソレを取り出す。
「お前ならそう言うんじゃないかと思って適当に付けといた。一応違和感ないやつにしたから他のボタンと比べてもわかんないと思う」
「おぅ、ヤマトサンキュー」
「もう太一。眠いなら寝てこいよ」
「いや、大丈夫。大丈…ぶ。ここがいいんだ、オ…レ…」
ヤマトは太一の隣に再び畳んだ服を置く。
するとそれが合図だったように太一の身体がヤマトに倒れてきた。後に聞こえるのは寝息と悪あがきかむにゃむにゃといった言葉にもならない音。
ヤマトは倒れてきた驚きよりも何よりも呆れが勝ってしまい思わず、はぁー…と息をついてしまった。
「…たく。こんなとこで寝やがって。馬鹿」
なにがこの後ゲームしようーだよ。
この!ボリュームのある、けれど見かけによらず柔らかい髪をわしゃわしゃ掻き混ぜて、テレビを見ながら言っていた先程の太一にも悪態を一つ。
けれど、頭を刺激されて眉間にシワを寄せながらうんうん唸る太一を見ていると、もう仕方ないなぁという感じは否めなくて。
どうも自分はこの親友には少しばかり甘くなってしまうらしい。すやすや眠る太一とそんなことを考えてしまう自分に。ホントどうしようもねぇよな、そんな温かさでラッピングした苦笑を贈った。

「ふぁ〜あ…。なんか俺も、太一のうつった?かも…?」
目を擦りこのまま寝てしまうのも有りか。ぼんやり考えていると太一の口がまたむにゃむにゃ動き出す。
「きょ…こそ、おれ……勝つぞ」
聞こえてきた声にヤマトは襲ってきた眠気に呑まれながら目を細める。彼は既に夢の中でゲームを始めているようだ。全く自分を置いて先に始めるなんて、なんて奴だ。
「ぜっ…い、負けて…やらねー」
横になって瞼を閉じる瞬間、見えたのは太一の背中。ぼやける視界の中でキュッとその背の服を掴むと、ヤマトも太一の待つ夢の世界へと旅立っていった。
一時間、二時間。エアコンでだんだん寒くなってきたのか二人は徐々に距離を詰める。
そうして触れ合う肌から伝わる互いの温もりに笑みを零し、二人は穏やかに眠り続けた。


彼等が持つ相手への『特別』が友情から変化するのはそう遠くない少し先の未来。


二人は夢の中でも共に笑い、そして同じ時を過ごしている。





→あとがき
Novel
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ