デジモン

□信じているんだ。僕等の未来を
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―――コンコン。

ノックが小さく鳴る。
それがヤマトの意識を徐々に覚醒させた。
あれから何時間経ったのか。
頭痛と吐き気が酷くて、きっとここ最近の疲れも一気に出たのだろう、ベッドにもぐり込んだらすぐに寝てしまった。
カーテンを開きっぱなしの窓の外はもう既に真っ暗だ。

―――コンコン。
「…ヤマト?」

また小さいノック。今度はそれに声がついた。
太一。
ぎゅっと痛む胸を握り閉める。彼は、もう帰ったのではなかったのか。
ヤマトの思考が霧散する。それでも太一の声だけは漏らさず拾ってしまう耳を全く自分では制御出来ない。
「………なんだよ」
身体を起こし、たっぷり間を空けた後ドア越しに返事を返す。
するとその声に安堵が交じった。

「入ってもいいか?」

「嫌だと言ったらどうするんだ?」
「入ら、ねぇ」
「……。いいよ。入れよ」
カチャリと遠慮がちに開かれる。まずあの茶色のくせっ毛が見えて、次に顔だけ、それから体を伴って入ってきた。
「なんだ、別れを言うために残ったのか?」
「ば!ちがっ、違う。そんなこと言えるわけがねぇだろ」
「じゃあ、」
どうしたんだ、問い掛ける暗い瞳を受けて太一はヤマトのベッドに座る。そして自身の顔の前で拳を作り、深い息と共にやんわり開いた。
「俺、ずっと考えてた。ヤマトに言われて、考えてた」
「何を」
「俺達のこと」
流れる数秒の間。ヤマトは太一から目を逸らし俯く。そう、ヤマトだって今回のことを考えていなかったわけではなかった。むしろいつか来るのだろうと思って淋しさを抱いてすらいた。
そのときを承知で太一を応援してきたのだ。つもりだったんだ。
なのに実際は承知どころか、受け入れようとするだけでこの有様なんて。
太一が嬉しそうに話しているのを見たら苦しくて、苦しかった。
ああ、ついに来たんだと、諦めのように見つめる自分もいるのに、お前も俺を置いていくのか!そう問いただしそうになった。
「それで…?」
聞きたくない。それがヤマトの本音。
けれど太一が聞いて欲しいと願うなら。

「俺は」

すぅっ。太一がヤマトを真っすぐに捉える。

「お前と別れるなんて考えられない」
「太一っ!」
「ヤマト、ヤマト聞いてくれ、ヤマト。俺は、俺がお前を好きなのは、昔だって今だって変えられないんだよ」
「でもお前は行くんだろ!」
「ああ、それが俺の道だから。でも、俺はどこで何してたって変わらない」
「変わるさ!変わないものなんてあるはずないんだ!だって」
神の前で永遠を誓っても二人は別れてしまった。
嫌だったのに離れ離れにさせられた。
久しく聞こえなかった幼子の泣き声は、昔のヤマト自身だ。
太一と出会ってヤマトが見なくなったあの姿はヤマト、自身。
「ヤマト。確かに思い出ってのは風化するし、想いも色褪せちまうのかもしれない。それでも、全部が全部当て嵌まるとは限らねぇんだ」
太一のまっすぐな瞳がヤマトを射ぬく。強い想いと共にヤマトの心に語りかける。

「ヤマト、俺は信じてる。俺を。そしてお前を」


“お前のこと信じてたんだぜ?”

“絶対来るって信じてた”


「太い、ち」
デジャヴュ。ヤマトの中で思い起こされる宝物の言葉。
あの時も、太一は言ってヤマトを信じ続けた。
ボロボロに傷付いても立ち上がり、ついに倒れても、それでもヤマトを信じ続けた。

「ヤマト、待っててくれ。お前が俺の帰る場所なんだ。図々しいのはわかってる。でも俺は俺の未来を、お前の隣で過ごしたい」

「た、い…」
ヤマトの青が透明に滲む。キラキラと輝く宝石が一粒、白い肌に筋を残した。

「必ず迎えにくる」

「………ばっ、か…。馬鹿、ば…ッ」
嗚咽が漏れ始め、咳を切ったように溢れ出す雫が一つ二つとシーツに染みをつくっていく。
「おう。俺は単純だから一直線にしか考えられねぇの」
「ばかぁ、ば…、ううん。うそ…嘘だ…。馬鹿じゃない。お前は、太一は。俺のことちゃんと、考えてくれたんだよな」
「ゴメン。泣かせたかったわけじゃねぇのに、俺ホント、ヤマトのことだと上手くいかねぇ」
ハの字にさせた太一は苦笑混じりに頭をかく。そんな一つ一つの仕種をヤマトは愛しいと思った。
「俺だって、そうだ。太一、お前は…知ってるだろ?いつまで経ったってふと独りじゃ堪らなく不安になっちまう、こんな俺の弱さを。酷く臆病なんだ。今回のことだって喜んでやんなきゃって、あ、頭ではわかっ、て…なのに!」
「ヤマト…」

「俺だって、…俺だって本当は」

ヤマトの声が震える。止まらない震えに自分自身を抱きしめる。
怖い。太一。太一。怖いよ。ドクドク鳴り響く頭と見開かれた瞳。ソノ瞬間を想像するだけで自分で自分を押し潰してしまいそうだ。

「太一と別れるなんて…考えられない。……考えたく…なぃっ」
「ヤマト!!」

太一はヤマトの言葉が終わるか終わらないかのところで堪らず掻き抱いた。
掻き抱いて、尚も声を押し殺して震えるヤマトがどうしようもなく切なくて、哀しくて、なによりも愛しかった。
自分は、知っているのだ。彼がふと、愛に飢え淋しげに笑う表情を見せること。ああ、この胸が締め付けられる想いが少しでも多く伝わればいいのに。
じんわりと視界が霞む。やがて自らの瞳からもたらされたものが頬を通りヤマトの服に滲んでいった。
太一は信じている。
嘘なんかじゃないんだ。
確かに太一は太一の。
ヤマトはヤマトの道を。
生きている限り二人は進む。けれど道は違えども目指す場所は同じ。二人の未来だ。隣に愛した者がいる、そんなささやかな二人の未来。
だから、この先で再び交差する二人の道を、太一は信じている。

ヤマトが太一の背中に腕を回し力を込めた。

「太一、俺も、俺も信じる。太一を、自分を。だけど今だけ…、後少しだけこうしていて」
「ああ。ヤマトも」

体温も鼓動もまるで溶け合うかのように。
二人はその日、夜明けが来て朝日が昇るまで寄り添い合った。








――――――




「おい、太一!この荷物どこ仕舞うんだよ!」
「あー、適当につっこんどいて!」
太一の部屋。段ボールだらけのこの部屋で、今日もヤマトは手伝いに、もとい手伝わされていた。
時間というものは早いもので、住居も随分前に無事に決まった。
「だぁー!お前あれ程支度は早めにしろって言ったのに」
「だって少しでも多くヤマトを感じたいじゃん!」
主夫歴が長いヤマトはよいっしょ!とその顔に似合わない声を出して段ボールを片していく。
太一は少し離れたところでアレはどこだコレはどこにと呟きながら、開きっぱなしの段ボールと段ボールとの間をぴょんぴょん行き来する。
「暇さえありゃこっち来やがって。お陰でこっちは仕事滞ってんだぞ!来週締め切りなのに」
「え?新曲ってどのやつ?いつ作詞してたんだよ」
「だから滞ってるって言ってんだろが!馬鹿やろう」
「あっは、悪い悪い。でも出来たらすぐこっち送ってくれよな!それ聞いて頑張っから」
「はっ!ぐずぐずしやがったら俺の方からお前を迎えに行ってやる。覚悟しとけ」
「ヤマト、それって…プロポ「あーあー!聞こえねぇー!てか、こっちくんな!早く片付けろよあそこ!」
「んーだよヤマト!可愛いげねぇぞ!」
「あってたまるか」
「へへ、まぁいいや。それでこそヤマトだし。つかヤマトってだけで可愛いんだし。…あ!言っとくけど俺が迎えに行くんだからな!!」
「知るか。だったら早く向こうの連中食いつぶしてこい」
「食いつぶ…、つまみ食いなんてするかよ!」
「バッ!!なに勘違いしてんだ!!」
「冗談だよ。わぁってるって。エースストライカー太一様を見てろ」
「まぁ、期待せずに待ってるよ」
「や、期待してくれよそこは」
「だってなぁ、最終地は決まってんだから。それが早くなるか遅くなるかだけだろ。な?」
「ヤマト。へ、へへへ。はは。ホントお前、いい性格してるぜ」
「ほら、口動かしてる暇あったら手ぇ動かせ。お前の荷物だ」
「へいへい」








世界に飛び立った太一。

後日、その太一の元に一枚のMDが届く。


『Dear My Love』


翌日から、各国から集められた選手達の中で、いつも以上に調子の上がった日本人選手が目を引くようになったのは言うまでもない。


ちなみに、発売された新曲は太一のソレとは違ったそうな。
ただ、それを知っているのは金糸を纏う彼、一人のみである。





→あとがき
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