デジモン

□信じているんだ。僕等の未来を
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※注意

二人の職業がアニメ公式と異なっています。
太一→サッカー選手
ヤマト→作詞家兼歌手

OKな方はお進み下さい。











バンッ!

テーブルの上のマグカップが揺れ、中の液体が僅かに零れる。
ヤマトはそれを見て小さく毒付くと、下唇を噛み締めた。青いその瞳はとても不安定で、太一はいっそ泣くのかもしれないと思った。

「ヤマ、」
ト。そう呼びたかったのに。
彼は俯き踵を返してしまう。何もかも拒否をする、むしろ何かを言われることをひどく怯えているように細い肩を震わてその場を後にした。
太一は追おうとするが寝室へのドアは頑なに主以外の進入を阻んでいる。太一は結局、椅子から立ち上がることしか出来なかった。

「ヤマト…」

小さく呟いても、もう彼の人には届くことはなかった。





信じているんだ。
僕等の未来





それはちょっとした思い付きだった。太一はただ驚かせて一緒に喜んで欲しいだけだった。
太一は零れたコーヒーに今更ながら気が付いて、布巾でテーブルを拭き取る。じわじわと茶色く滲んでいく様はまるで今の太一の心のようだ。
まさかあんな顔をするなんて。それこそ思ってもみなかった。
テーブルに残された一枚のチケットが。
あんなに嬉しくて仕方がなかったはずのに、今はなんだか酷く切ない。
ちらり。見てもドアは壁となって平然と立ちはだかっている。
「喜んでくれると、思ったんだけどな…」
ドアとチケットと。
見遣る太一には、残された時間はほとんどない。







「ぇ!国外へ?」

一人呼ばれた会議室で太一の声が響いた。
話は何週間か前に遡る。
小学生の頃からエースストライカーだった太一はそのままその道を進んだ。
日本チームに所属するようになってからはますます栄光に駆け登っていた。
チーム内でも若い彼はその若さをチームの起爆剤に、仲間の士気を高めるムードメーカーにもなっていた。
彼が日本を勝利に導いたことは決して少なくない。
しかもまだまだ若葉生い茂る発展途上の身だ。大きく成長するのに十分な力を誰が放っておくだろうか。
「ああ、といってもずっとじゃないがな」
「どういうことです?」
「お前には広い視野を持って欲しいということさ」
監督はそう言ってソファに腰掛ける。膝の上で手を組み、その中で右手の人差し指だけを真上にピンと伸ばしてみせた。
「世界を、経験してこい。八神。まずは一年、研修から。そして今一度日本に戻って準備を整えたなら今度は本格的に世界を目指せ」
低いテノールの厳かな声に太一は息を呑む。
見開いた瞳に映る監督は、そうして続けた。


「俺は、お前にそれだけのものを見出だしているつもりだ」

と。







太一にはその後の記憶が曖昧だ。自分が好きで走り続けてきたことを、監督は見てきて、そして認めてくれた。それを何と表現したらいいのかわからない気持ちだったからだ。
子供の頃の、あの忘れられない夏の経験で命を賭けたこともある太一は、そうそうのことでは動じない。それは同じチームメイトから何故そんなに肝が据わっているのかと尋ねられる程。にも関わらずあの時、監督からチャンスをもらったあの時、気付かぬうちに手を握り締め汗をかいていた。戸惑いも歓喜もごちゃごちゃで、驚きに声を上げればいいのか喜びに笑えばいいのかわからない。
けれど数日が経ち、徐々に気持ちも落ち着いて頭の中で物事を整理したとき、太一の頭には喜びが爆発し、真夜中に「ぅ〜っ!よっしゃぁああ!!」と拳を高らかに叫び声を上げたのだった。
翌日、同じマンションに住む、気の強い世に言うおばちゃんから苦情がきたことをここに記しておこう。

「そうだ、ヤマトへ!」

興奮の最中、真っ先に頭に浮かんだのは誰でもなくやはり親友であり今や最愛の人となったヤマトだった。
サッカー選手に歌手というお互い忙しい身だから、ここ最近はずっと会えなくて寂しい思いもしていたから尚更だ。
連絡も電話だと取れる時間帯が限られてしまっていたため、都合が合わず専らメールのやり取りのみで。
それでもこれを伝えたらきっと最初は自分のように驚いて、それから花が咲くように笑って喜んでくれるに違いない。自分のことを誰よりも支え、落ち込んでいるときに厳しく優しく励ましてくれたのはいつも彼だったのだから。
太一はそう思うとますます直に会ってあの笑顔を向けて欲しいと思った。
幸いまだ期間はある。それに今回は向こうの監督との顔合わせをして住居を見てくるのが目的でまた一ヶ月もしたら戻ってくるのだ。実際に向こうに住むのは少なくとも来年の話なのだ。


題:マイハニー!
――――――
本文
―――
今度いつ会える?


送信ボタンを押して携帯を閉じる。
太一は今からヤマトのことを想像して思わず口端を緩めた。
返事は翌日の深夜。


題:Re:寝言は寝てから言え
――――――
本文
―――
遅くなってゴメン。
2週間後なら空けれる。
そっちは大丈夫か?
久しぶりに会えるなら、嬉しい。


その返事に苦笑が漏れる。ヤマトはたぶんギリギリまで嬉しいと書こうか書くまいか迷ったはずだ。
それでも素直に自分の気持ちを伝えてくれた。
「へっ、ヤマトのやつ」
今頃落ち着かなくてそわそわしているであろうヤマトの姿がありありと浮かんで、まったく可愛いんだよなアイツはと、カレンダーをすぐさま確認した。そしてすぐに返信を打って、携帯に唇を一つ落とした。返事は一言、大丈夫だ。それだけで伝わるから。





さぁ、待ちに待った当日、太一はヤマトの家に来た。
「ヤーマト。ただいま!」
「は?……ぁ〜…おかえり?」
「おいおい、ハテナなんてつけんなんよ。ここは俺の帰る場所でもあるんだから間違ってねぇっつーの」
「いつ決まったんだよ。んなの聞いてねーぞ」
「最初からだ最初から」
「調子いいやつだな」
勝手知ったる太一はそうやって中に入る。
ヤマトもそれに悪い気はしない。
久しく入っていなかったけれど、本当に最初からそこに居たようにごく当たり前にその部屋に馴染んでいた。

それから今日はどこへも行かずヤマトと太一は共同して飯を作り、その味を堪能した。
ゆったり流れるこの時間は二人にとってまさに癒しの一時。
太一の雑誌をめくる音と、ヤマトが持っているマグカップの音が織り成す空間は、二人の時間を共有しているのだと二人の心に安らぎをもたらす。

太一はそんな安心しきった中で、胸ポケットに忍ばせていたチケットを取り出すと、
「なー、ヤマト」
「んー?」
「これなんだと思う?」
「これ?」
「そう、これ」
と不思議そうな顔をするヤマトに数週間前の出来事を話して聞かせたのだった。

「いやー、まじ驚いたけどさー」
「………」
「あー、あっちにはすっげえ奴が沢山いるんだろうなー!」
「……………」
太一は身振り手振りで興奮を隠そうともしない。
ヤマトとは別の場所を見て、いや、太一の目先は世界を見ているのだとヤマトは核心していたが、顔を綻ばせている。
ヤマトは動揺をも越えた衝撃に、胸を掻きむしりたい感情に駆られていた。
「なぁなぁ、俺英語とかよっくわかんねぇけど大丈夫かな?どう思う?」
「…………」
「おい、ヤマト。聞いてんのかよ?どうしたんだよ」

「太一、」
「ん?」
ヤマトは意識せず低く唸るような声でその名を呼ぶ。
「太一、お前はこれから、ずっと向こうにいるんだな?」
「や、まだ顔見せだけだって。だってまだ住むとこも見てないんだぜー?」
カラカラと眉をハの字にして笑う太一はヤマトの声の意味に気が付かない。
「…じゃあ、今日会いたいって言ったのは」
「おう!やぁっぱ直に言いたいじゃん!」
「太一。太一!」
荒げる声は悲痛すら伴って。
「?…どう、したんだ?」
「太一、前置きはもう沢山だ。遠回しに言ってないでさっさと別れたいって言えよ」
ヤマトが椅子から立ち上がる。
太一はきょとんと、まるで言っている意味がわからなくてただそれを眺める。
「会えて嬉しいなんて、書くんじゃなかった!」
「なっ、なんだよそれ!!なにがどーしてそうなんだよ!」
「ざけんなよ?向こうにずっと行くってことはもう会えないってことじゃないか!」
「!?」
ヤマトが自分の胸の辺りをギュッと掴んで太一を睨みつける。
太一はそこでようやくヤマトが何を言っているのかを理解した。
確かに向こうに住むことになれば日本に帰ってくるのは年に数える程になってしまうだろう。
その中でプライベートな時間はもっと限られてしまうのは目に見えている。
いつになく騒ぐ気持ちは、常の太一では考えられない簡単なミスをもたらした。こんなわかりきった事柄に気付かないなんて。
大きく目を見開いて、そして叱られた子供のように途方にくれた顔をする。
ヤマトは太一をそんな表情にさせてしまう自分に更に苛立った。
どうすればいいかなんて、もう遅いのだ。
太一は行くと決めたのだから。自分など置いていくと決めたのだから。
喜んでやんなきゃ、笑って送り出さなきゃいけない。
自分は一人で大丈夫だと言ってやらなきゃいけない。
頭では理解しているのに。

クラリとヤマトは頭痛に苛まれ米噛みを押さえる。
乗り越えたはずの光景が脳裏に浮かんで吐き気すら覚えた。
もう、何も言うな太一。
心の中でヤマトは願う。
しかし、それに反して太一はそれでも何かを言おうと俯いていた顔を上げ口を開いた。
それを見た瞬間、溢れ出したものがヤマトを動かした。


―バンッ!!――……。


テーブルを叩く音が静かな部屋にこれ以上ないくらい響いて。空気すら切るそれによって太一の声は喉の奥へ引っ込んでしまった。
マグカップに注いだコーヒーが僅かに零れている。ヤマトは自分の行動も感情もその僅かな染みさえも全てが腹立たしく感じた。
何もかも吐露してしまいそうだ。いや、きっと叫びだしてしまう。ヤマトは耐え切れず歪んだ表情を太一に見せないよう自室へ逃げ込んだ。


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