デジモン
□いつも耳から落とされる
1ページ/2ページ
太一の声は心地好くて。
ほら、やっぱり逆らえない。
いつも耳から
落とされる
部屋の中に流れる音楽。
机の上に散らばる紙とベッドに寝そべる俺。
それから、思い浮かべるアイツ。
ゆったりとしたテンポで進む調べは確か恋をテーマにしているんだと言っていた。
新しい曲が出来たからと、報告があって行ってみれば恋を歌詞にしてくれ!って御達示だ。
正直、参る。
でもだから、何度も何度も。
繰り返し繰り返し聞いて。
そうして俺は無意識にアイツを思い浮かべてしまう。
「〜♪〜♪〜」
目をつむり小さなハミングを口ずさむ。
音楽はサビに突入する。
ああ、うん。ここ、好きだ。
思いながら瞼の裏に映るアイツの姿に、頬は自然と緩んでいく。
最初に笑っているアイツがいて、次に怒ったアイツがいて、泣きそうになってるアイツもいて悔しそうにしているアイツもいる。
奥の奥には、アノ時に見せる雄臭いアイツの姿も…。
―――どくん。
「ぁっ…」
思わず目を開いてしまった。
身体がカッと熱くなったのがわかって、耳は脈打つ心臓と音楽とを交わせていってしまう。
脳内に響いてくるのは火照る吐息と水音、太一の唇が形作るそれは。
『ヤマト』
う…わっ!
呼ばれたと頭で意識する前に、肩がビクッと震え俺は知らず知らずのうちにぎゅっと胸元を握り締めてしまっていた。
仰向けから俯せになる。燃えるように頬が熱い。
自分でも気恥ずかしくて枕に顔を押し付けた。
それから鼓動を落ち着かせようともう片方の手の平で頬を冷やしながら、愛しさののった名前を唇から漏らした。
「……たい、ち」
―――――バンッ!
「やぁまと〜!邪魔するぞー!」
「ぃっ!!?は、ひ!?」
突如開け放たれたドアに心臓が飛び出るかと思う程びっくりした。
それまでの空気が一気に霧散し俺はぎょっとした拍子で起き上がってしまった。
ドキドキはバクバクに変わり、少しだけ恨めしく思ってその元凶を目で追えば、視界に茶色の髪と肌色が飛び込んできた。
「おー。これ新曲?いいじゃん!いつ発表すんだよ」
「た、たた、太一!」
「ん?どうした?何すっげえ驚いた顔してんの。部屋入るのなんていつものことだろ」
太一はハハハと笑ってカーペットに座る。
足を延ばして寛ぐ姿は太一の言った通りいつも見慣れている姿だが、今の俺の耳は太一の声を必要以上にかき集めようとしているから太一が空気を震わせるたびに耳からの火照りを止めることができない。
だからこそ余計に腹がたった。
「ノックくらいしろっていつも言ってんだろ!」
「今度はなに怒ってんだよ」
「なんでもねぇよ!」
俺はベッドに座る体勢から立ち上がり机に再び向かう。
こんな顔絶対太一に見せられるか。
心臓はまだバクバクしたまま。
太一が悪いわけじゃないとわかっているけど内心で覚えろよ!太一!と叫んでしまった。
「ヤマト、ゲームしようぜゲーム!この前の借りは返すぜ?」
「なにがこの前だ。いつもそう言って勝てないくせに」
「お前って昔から強いもんな。だからこそリベンジし甲斐があるんだ」
「太一。悪いが今日は忙しい」
「えー。でもお前今寝てたじゃん」
「今から忙しくなるんだよ」
机の上に散乱する未完成な歌たちをこれみよがしに整理し始める。
あらかた片したところで椅子に座ってペンを持ち、なんでもいいから(だって今は作詞に集中できる状態じゃない)書いている仕種を見せた。
太一の視線を背中で感じる。
見かけによらず引き際を知っている太一はこういうときに無理を言ったりしてこない。
ただじっと俺を見つめてくるだけだ。
目を細めて緩やかに笑っているんだろうなと、見なくても想像できるくらい温かく優しい眼差しを俺に向けてくる。
最初はもちろん意識しないように心掛けるさ。
でも、時計がコチコチコチコチ針を進めていく程に頭ん中ぐるぐるぐるぐる上手くいかなくなってきて。
…ぅ゛ー。ちくしょう。
「太一」
「ん?」
「こっち見んなよ。漫画でも雑誌でも読んでろよ」
「ハハッ。そんなのよりヤマトのが見てぇもん。なに?やっぱ視線って感じるのか?」
「…集中、出来ない」
だって背中に、耳に集中してしまうんだ。
頭ん中、太一でいっぱいになって他のことに使う隙間なんかなくなっちまう。
「…なぁ、
ヤマト」
わっ…。
ひくり。耳が震える。
二人きりのときにだけ囁くワントーン低い、声が。
「ヤマト、こっち見てよ」
甘い声が、俺の名前を呼んでいる。
「ヤマト」
ああー!もう太一の馬鹿やろう!!
真っ赤になってるであろう耳を抑えながら、耐え切れなくなってじと目で振り向けば案の定。
「やぁっと俺の方向いてくれた」
嬉しいって、好きだって、顔いっぱいに貼付けた笑顔がそこにあった。
ちくしょう。そうだよ、負けだよ。
好きなんだよ馬鹿。
たいち。
「ヤマト、………こいよ」
そう言って太一は両腕を開いてやわらかく笑った。
太一の声はそれはそれは心地好くて。
俺の思考も身体もやっぱり逆らえない。
近寄ればすぐさま掻き抱かれて、
「ハハッ。好きだぜ。ヤマトのこと」
なんて、ありふれた陳腐なフレーズを吐いてくれる。
俺は太一の熱に包まれながら、耳をくすぐるそんな陳腐な言葉がなにより嬉しくて身体に腕を回して抱きしめかえした。
だけど、こんなに好きなのはちょっぴり悔しいから、だからゲームは絶対勝たせてやんねぇんだぞと赤い顔をしてふて腐れた。
「ばか、太一。…俺もだ」
そうして応えた声は二人の胸に埋もれ、始まる熱で溶けていく。
→あとがき.