なにかが床に落ちた。
指針の壊れた時計をぼんやりと眺めながら、机に頬杖をついていた神威の眼が、ちらりと動く。

扉が、ゆらゆらと動いているように見える。鍵を外しているのだろう。
そのうちにノブがまわり、見知った少年が姿をみせた。


「お帰り総悟。首尾はどう?」

“今日は大当たりだぜィ”

と、少年‥総悟の唇が動く。総悟は実際に声をだして話しているのだが、病で衰弱しきっている神威の耳には聞こえないのだ。

総悟はきらきら光る金貨を嬉しそうに掲げて、神威に持たせると、思いきったように服を脱ぎはじめた。

神威はふらつきながら食器棚に向かうと、口の部分が細長い瓶をとり、総悟に手渡す。

すでに床のうえで産まれたままの姿になっていた総悟は真っ赤な瞳に悪戯な笑みを浮かべると、神威に向けて大きく開脚をし、見せつけるように白い尻の割れ目に瓶を押しつけて呑み込ませた。


“  !!”


言葉は、解読不可能。

暫くして総悟の躰がビクリと震え、粘りけのある白い液がドロリと瓶の底に流れ込む。
総悟は同じ作業を二、三度繰り返し、瓶のなかの液体がある程度の量になると、割れ目から瓶を引き抜いて、神威に差し出した。

 
“ほらよ”

「どうも」


神威は渡された瓶を逆さまにする。
ゆっくりと落下する液。総悟の絡みつくような視線を浴びながら、瓶の口に舌を這わせ、液体を飲み下す。
独特の臭いが鼻についてうっと眉を寄せる神威を、総悟は楽しそうにじっと眺めていた。


「どうでぃ?」

「これは当たりだね…よく効くよ。でも、いつにも増して不味いというか」

「良薬口に苦しってやつでぇ。我慢しろぃ」


がばりと裸のまま神威の背中に抱きついた総悟が肩に顎をのせ、濃い血の色をした瞳の奥に神威の横顔を映す。

神威は再び瓶に口をつけて液を飲みはじめた。

鮮明に音が聴こえはじめ、景色も色味を増してゆく。


妙な病だ。


“薬”は自分や総悟のような精通して間もない子供のモノではいけない。大人の男の精液でなければ。

そして、三日も飲まずにいれば死んでしまう。


奇病。


街ではいつからか、じわじわと流行りはじめた。


一度かかると治る見込みは無く、感染がバレようものなら悪魔の使いとして死刑にされてしまう。

透けるように白くなる肌が発病の目印。


ある日、神威の妹が倒れた。
病はあまり知られておらず、神威は苦労してなんとかその病を知った。
 
浮浪者から買った薬を妹は頑なに口にせず、神威の目の前でじわじわと躰を腐さらせて死んだ。


次に神威が倒れた。
病は国中で流行り、“悪魔狩り”がはじまっていた。

薬の売買はリスクがあがり、値もはねあがった。

なので、はじめ神威は身体を売った。それが治療にもなり、生活の糧にもなった。


デマが流された。
病はSEXから感染する。肌の白い者と寝るな、と。


丸一日売りに失敗した。神威ほどの美少年でもダメということが、事態の深刻さを物語っていた。


翌日には売りを諦めて薬を買おうと、地下街を散策した。
売人や浮浪者達はおろか、地下の住人は一人残らず消えていた。

いっせいに“逮捕”されたらしかった。もう生きてはいないか、国外に逃亡しただろう。


三日目になってしまい、神威は起き上がれないほどに衰弱していた。

そこへ、幼馴染みの総悟がきた。


薬を渡された。


容姿に恵まれていながら、わざわざこそ泥をして生計をたてていた総悟にとって、売りは楽しい仕事ではないはずだった。

それでも、総悟は必ず三日に一度薬を手に入れてきた。


他に手立てが無いので、神威は貰う。
 
死にかけている頃に薬がくるのは辛いもので「ほんとうは二日に一度だと助かるんだけど」とは言ってみたが、そうするとすぐに警察にマークされてしまうそうだ。

総悟は邪魔な口を黙らせる為に警察‥帝国の犬とたまに寝ている気配がした。三日はアチラの指定した見逃す条件だろう。

薬は新鮮でないと効果が薄く、貯めておくことはできない。

総悟のミスは即ち死。


神威はなにも訊かずにただ薬を貰い続ける。

言葉は要らなかった。立場が逆になれば神威も同じことをしただろう。



「変なカラクリがあった」

「変なカラクリ?」

「人間の女みてぇなメイドのカラクリ。俺に似てんでぃ」

「ふうん‥話すの?」

「おう。ちょっとしかしゃべんねぇけどな」

「ソレは見てみたいな」

「じゃ、明日は一緒に来いよ」

「へえ‥“買いそう”なんだ?」

「たぶん」

「いいよ」


空になった瓶を流しに放って、総悟にきつくハグをする。じゃれるようなキスをすれば、恥じらうように頬を染めた総悟が真剣な表情で息を吐いた。


「神威‥童貞卒業してぇ」

「いいよ。でも俺が先ね」



 

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