文
□囚われ人
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それは虫の声一つ無い静寂に包まれた晩のこと。
部屋の主は眠りにつこうとしていた。大小の差料は枕の脇に並べられ、火を消されたばかりの行灯はまだ生温い温もりを残している。
ぞわり
(なんだ?!)
氷柱が降り注ぐような鋭い悪寒。部屋の主である齢13の少年は跳び起きた。
すうと襖が開き黒い眼が覗く。三日月を背後に背負い、
ひたり
歩み寄って来る“ソレ”に肌がピリリと震え、反射的に枕元の小刀を手繰り寄せた。
人間?
「総悟」
生温い風が頬を撫でる。闇の向こうでさわりと松の枝葉が揺らいでいる。
(土…方?)
憑かれたような足取りで
ひたり、ひたり
と男が近づくたびにその姿が鮮明になり
やがてうっすらと笑う口元や彼の艶やかな容貌が露になる。
よく見れば見知った人間。
だが、ただ一箇所、ぎらりと黒光りする瞳だけは別の生き物のように闇に浮きでて見えた。
「‥‥んだよテメー…っ何しに‥?」
咽の奥から掠れる音を搾り出せば、男は少年の横たわる布団のうえに膝をつきニタリと笑う。
咄嗟に、行灯の蝋燭に火を燈さなければと思った。もののけ・獣の類の苦手は炎。
(化け物っ)
だが、すぐに思い直し躯の向きをかえた。そんなもんじゃダメだ。斬って、喉を裂いて息の根を止めてしまわなくては!!
だが、小刀に腕を伸ばした時には既に遅く、少年の細腕は男に掴まれ、力ずくで布団に縫い付けられてしまった。
「やめっ…土方!」
土方?これは土方?違う、これはもののけ。異形の生き物。子供を喰らいに来た鬼だ。
抗う間もなく服を剥がれ、悲鳴をあげる前に唇を吸われる。のしかかる雄の体重に胸が圧迫されて息が詰まった。
(っ喰われる!!)
「総悟」
「ひっ‥」
耳元にひたりと唇がつけられて、上擦った声で名前を呼ばれる。ぬめりとした舌が耳を這い全身にゾワリと鳥肌がたった。
「騒ぐなよクソガキ」
「ひじかた…?」
ポタリッ
低い声で囁いて、狂気じみた暗い笑みを浮かべる土方の頬を鮮血が伝っている。
(血‥)
一筋伝う血の筋を目で追って、真っ白で、黒いちぢれ毛の生えた皮のようなものが土方の額に付着しているのを見つけた。それが、血を流している。
少年は戦慄を覚えた。
(人を斬りやがった)
「イイコト、教えてやるよ」