□消失
1ページ/2ページ

 
あの日

俺が聞いてしまったのは

知ってはならないこと

知らない方がよかったこと


舞台はどろりとした夕闇に溶け込む教室。

役者は三人。帰らない二人と、帰れない一人。

「土方さん」
「あんだよ?」

俺は明日の日付を黒板に書き込みながら、背後の二人がどんな話をするのかと耳を澄ませていた。

沖田総悟と土方十四郎。

どちらも、部活の仲間。

どちらも、人気の高い人達。剣道部の副部長とエース。

沖田はクラスメートで土方さんは先輩。

普段ろくに口をきいている所を見かけない二人が

示し合わせたように残った二人が

何を話すというのか。

「俺、明日から“アレ”だ」

低く、沖田が言う。

「そうだな」


聞かなければよかった


天人に支配されたこの国では、反抗的な者は捕えられ“再教育”をされる。

沖田には好きな娘がいた。

留学生の天人、神楽。

数日前に指名手配中の海賊の家族だとかで突然連行され
現在はこの国のどこかにある施設で“再教育”を受けている。

何をしたかは知らないが、確かなことは一つ。

沖田は自ら施設へ行く
 
 
行けば、死ぬかも知れない。神楽が生きているかもわからないのに。

これきり帰って来なかったら…

ひやりと首の裏を汗が伝う

沖田を見るのは、これで最期かも知れない

「俺に話ってなんでィ?」

ゆっくりと振りかえる

綺麗な顔した

全国一位の剣を奮う、天才

沖田総悟の見納めに―――。


俺は


目を、疑った。


黒い頭が邪魔で、こちらを向いて座る沖田の顔は見えない。さっきまで机越しに話していた副部長が今は半身を机に乗り出し、沖田の肩を抱いている。

顔が、近すぎる。

キスしてる。舌を絡めているのが、漏れる吐息と水音から想像出来る。

副部長の指が沖田の栗毛に絡まり、くしゃりと乱す。貪るように乱暴で執拗な口づけ。

「ふぅっ…ンン‥んはっ‥!」

随分と経ってから副部長の頭が離れる。
やっとまともに見えた沖田は、物憂いな素振りで二人の唾液に濡れた唇を拭っていた。

「どーせ最期だ。ヤらせろよ」
「あんた」

ひどく優しい表情(カオ)で沖田が笑う。
水底のように凜と澄んだソレは、知り得る限りのなによりも綺麗だった。


「あんたが通報したな?」

 

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ