□謎の席
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転入して一月

ノートから顔をあげれば、いつでもポツンと空いた席がある


クラスメート達は他人事だと離れて眺めてるのか
風景の一部だと思ってるのか


あれは誰の席だ

聞いても急に聞こえなくなれるものなのか
誰もなにもなかったように振る舞って口にもしない。


沖田は好奇心に負けて謎の席にイタズラ書きをしてみた。

三日も経てば、鉛筆で描いた土方の死体百八十号はいつの間にか跡形もなく消され
ご丁寧に拭き掃除までされいていた。


そうなるといじめられてる生徒がそこに座る想像はできない。


これはもう、口にするのもはばかれるような重い病気をしてる生徒のものじゃないのかと
それくらいしか思いつかないが、

いかに耳を凝らしていても見舞いの話しが先生の口から出てくる気配はない。


ますます気になってしまい
沖田は無い頭の端っこ辺りでずっと気にかけていた。


ある日の朝、謎の席には人が座っていた。
後ろ姿から見るにそいつは男子で、そして不良だった。


丸っこい後頭部には包帯が巻かれていて、白いシャツからは派手なガラTが透けていた。

たまに尻が見えると評判の沖田顔負けな腰パンっぶりで、
トランクスは完全に姿を見せておりズボンは足首に引っかかっているだけ
というレベルだった。


折角の男子校なのにあまりにつまらない生徒ばかりで辟易していた沖田は
嬉しくなってしまって真似をしてみようとしたら、トランクスまで床に落ちてしまった。


しんと静まり返る教室。


痛いほどに注がれる侮蔑の眼差し、ため息。


ただその中で一人だけが肩を震わせ、高い笑い声をあげていた。


「てめぇにゃ負けた」


腹を抱えてそう言ったのは謎の席に座る男子で、
彼は振り返りざまに笑いだしたせいか足に絡まるズボンのせいか
椅子から転倒してしまいそうになって沖田の机にダンと肘を乗っけて、
自分のそんなザマがツボにハマったようでさらに笑った。


綺麗な顔をしていた。


沖田がアイドルのようだというなら、謎の席の
子はビジュアル系バンドのヴォーカルのようだった。


額と片目を塞いでいる包帯が目を引くものの、
その横でぐっと人の瞳の奥まで覗き込む切れ長の眼は大きな自信に満ちていて、
笑いの治まったらしい男子にまっすぐに見つめられた瞬間に
沖田の心臓はドクリと跳ねあがってしまった。


「んなシケた面ぁすんなや。俺ぁテメェみてぇな大馬鹿野郎は嫌いじゃねぇぜ」


薄い唇をあげて涼しげに微笑んだと思いきや
謎の席の男子は何がツボに入ってしまったのかまた笑い転げた。

どうも、顔中をトマトのように真っ赤に染めながら、
2枚重ねの下着をちょっと悩んだ挙げ句一枚ずつ順番にあげていく沖田が可笑しかったらしい。


沖田は目の前にある男子の端正な顔をじろじろと眺めながら、
むくむくと頭をもたげて膨らみはじめたイタズラ心と戦っていた。


「アンタ誰でぃ?」


ゲラゲラと下品に笑っていてもどこか取り澄ました生まれ育ちのよさが匂う男子に、
普段土方にしているような酷い仕打ちをしてみたい。


困った顔や怒った顔やできることなら苦痛に歪んだ顔を見てみたい。


男子は何かを探るように口を結んでじっと沖田を見つめている。
沖田は小首を傾げて笑った。


「飴食うかぃ?」


沖田がかざごそと青い包みを開けば意外にもすんなりと唇が開いたので、
激辛の飴をぽいと放り込んでみた。

だが標的は泣かず騒がず美味そうにコロコロと飴を舐めている。
我慢しているようにはとても見えない。


「美味ぇだろぃ?沖田スペシャル」

「沖田な」


男子は勝ち誇ったように笑って、
鞄から出した赤い包みをくるりと回して飴玉を取り出した。


「俺からもくれてやるよ」
一見クールに見える男子の思いがけない報復に沖田は驚いて
固く唇を結んでいらないと首を横に振ってみせたが、男子はそんな沖田に追撃をかけた。

ガタリと椅子を倒して立ち上がり沖田の頭をぐいりと捕んで正面に向け、
強引にも飴を持つ指ごと唇に捩じ込んだのだ。


「高杉だ」

「…ほろしく(よろしく)」


右のほっぺに押し込めた飴からは喉をからからにする強烈な甘い汁が溢れだしてくる。

吐きたい気持ちが悪い飴を沖田は少ない忍耐力を全部使って舌でゴロリと転がしながら、
なるべくふてぶてしく見えるように
ぐいと顎をあげてにやりと笑ってみせた。


すると高杉は沖田の頭をスパンと叩いて、
あとはもう冷めた眼で溜め息を吐いて
沖田の唾液で光る指をブランドのハンカチで拭っていた。


きっと一人っ子だろう末っ子の俺よりわがままなんじゃないか

と沖田が頭をさすっていると、

いつの間に居たものか

謎の席改め高杉の席の前に影も幸も薄そうな冴えない男子が
困り果てた様子でうつ向きかげんに立っていた。


「そこ、俺の席なんだけど」



END


お堅め私立中学で浮きまくってる沖田とKY魔王な転入生高杉様。

謎の席→家庭の事情で休学していた山崎の席。クラスメート達は山崎の顔と名前が思い出せなかっただけ。(嫌われてはいない)

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