□奇妙な話
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奇妙なことが起きていた。


目を覚ますと、そこは延々と続く薄暗い通路の中央であった。


トンネルの中なのか、
あるいは地下道のような場所であるのか。

とにかく人為的に造られた場所であることは
アーチ型に弧を描くコンクリートの天井が示していた。


左右には透明な硝子ケースの細い箱がずらりと並んでいて、
一つ一つの中には一人ずつが立ったまま眠るように静かな表情で収まっている。


彼には、果たしてそれが一人なのか一個なのかは見た目には解らなかった。


人間の形をしているそれらは、
それぞれが違う顔、かたちをしていて
デザインの異なる薄布を一枚ずつ纏っている。


デパートのマネキンのようにも見えた。


彼はふと、
きっちりと蓋の閉められて並ぶ中に異端を見つけた。

ひとつだけ、蓋が開き、中身のない硝子ケースがある。

それは彼の立っていた場所からとても近い硝子ケースだった。


そこで、彼は確信をした。


硝子ケースの中身はそれぞれが一人であって、

いずれも彼のように表に出て来れるのだ、と。


彼はひとまず今しがた見つけた
“自分の硝子ケース”
をよく観察してみた。
 
空っぽの硝子ケースはつるつるしていて小さな傷や汚れ、
埃一つ見つからない。

指で擦ってみたが指紋は残らなかった。

爪で引っ掻いてみても傷はつかない。

叩いてみても拳が痛いだけで音も鳴らなかった。


大声を出してみると、
左隣の硝子ケースがカチャリと開いた。


「‥?」


片目のない男だった。


男はキョロキョロと辺りを見渡しながら通路の中央に立ち。

彼に向かって言った。


「誰だ?」


そんなことは彼も知らなかった。


「あんたこそ、誰?」


男は暫く考えてから、彼を見た。


「忘れた」


男もまた、自分の名前がわからないようだった。


 
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