文
□皇帝
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兵士A「あ〜っ!死んだ!!」
兵士B「あーあ、なにしてんだよぉ!クソッたれ!」
「ソーゴ、起きろ。例の奴隷の番だ」
「ん‥?ああ、きたか」
怒号のような歓声に揺れるコロシアム。
硝子張りのVIPルームも例外ではなく、
護衛の兵士達による激しい興奮と熱気に包まれている。
「おいオマエ等、静かにしろ。俺のハニーが出る」
兵士A「うぉおっ!キターッ!!俺の嫁キタァアーッ」
兵士B「こっろせ!!こっろせ!!フォ〜ッ!!!」
「よーしわかった、騒いでもいい。ただし全文にpp(ピアニッシモ)をつけろ」
「ソーゴよだれ拭けよ。大惨事になってるぜ」
「濡れタオル持ってこい土方」
猛獣の歯に引き裂かれた死体が運ばれていくのを見ながら、賭けに勝った観客がビールで祝杯をあげている。
ホースで水が撒かれ、会場の清掃が終わる。
大一番である“あの奴隷”と猛獣の決闘がはじまろうとしていた。
俺はここ数日の間、コレを観にコロシアムに通っている。
十数年に一度現れるか否か、という闘技場の大スター。
多くの国民に愛されている人気者な彼のことが、俺も酷く気に入っていた。
帝国の第一皇子。それが俺の身分。
そして、国技であるコロシアムにおいての絶対的な権力者。
気に入った奴隷を手に入れることなど、赤子の手を捻るよりも容易い。
だが、そうはしない。俺が望むのはそんな生温いことではなく、もっと刺激的なことだ。
「おおおお!!!!」
獣の唸り声のような野太い歓声があがる。
「神威!神威!神威!」
ドオンッ
はじまりを告げる音が轟く。
ゲートの鎖が外れると、期待に応じるように、ひとつ結びのおさげ頭が勢いよく飛びだした。
少動物のように軽やかな身のこなしで、何の武器も持たない華奢な青年が五つの首を持つ猛獣に立ち向かっていく。
一瞬の迷いも、隙も、殺気すら無く、まるで友人に駆け寄るかのような気安さで。
誰もが息を止めた。
勝敗はあっという間に決まる。
神威の手刀が、まるでバターを斬るナイフのように巨大な猛獣の首を落としていく。
少女の様なナリのどこから出てくるのかわからない壮大な怪力の前で、猛獣ごときは泥人形も同然だった。
あまりにも呆気なく、圧倒的。グロテスクな血飛沫さえただの絵の具のように味気ない。
兵士A「やっぱり毒矢を使うべきでしたよ」
兵士B「賭けになりませんって」
「静かにしろ、奴は今日で百戦目だ」
どんな願いも叶えてやると、約束された百戦目。
「野郎オマエを恨んでるぜ」
「それは楽しみだ。阿伏兎を討たせた甲斐がある」
“オマエの望みは何だ?何なりと言うてみよ”
水を打ったように静まるコロシアムに、王座から立ち上がった皇帝の声が響く。
“第一皇子とヤらせてください”
どっと沸く歓声。射撃隊に合図をしようとした土方の腕を掴み、下がらせた。
皇帝は色を無くし、家臣共から笑みが消える。
“ほう‥我が皇子の寵愛を望むのか?側室に入り、城で遊び暮らすと‥”
“いいえ”
カツン‥
小さな靴音に会場の視線が一斉に集まる。俺がVIPルームを開き、コロシアムに降り立ったからだ。
“俺の望みは‥
この大衆の前で、奴隷の分際のまま
アンタの可愛い皇子を滅茶苦茶にすることです”
身のすくむような恐ろしい眼をした神威に、皇帝は声を無くして立ち尽くしている。
一斉に神威に向けて槍を構える兵士達。
ざわめく観客。
そんなものはもう、神威の目には映っていない。
青い瞳はたった今所望した人物をまっすぐに映していた。
「望みは叶える約束だ」
「はじめまして、毎夜お慕いしてますソーゴ皇子。ヤらせてください」
「好きにしろ。‥ただし」
すらりと鞘に戻した刃に、神威の眼が興奮の色を帯びる。
神威を取り囲んでいた兵士達が肉片と化して吹き飛び、神威の特徴である桃色の髪が数本、ひらりと空に散っていた。
「俺はじゃじゃ馬だ」
「‥やっぱり、アンタは期待通りの人だ」