何の音もなく目が覚めたのは習性の賜物だ。起こさないように動いたつもりだったが、結局起きなかった。それはそれで少し残念な気がしたのも、事実。それで起きて、一緒に行く、だとか、いってらっしゃい、なんて言葉を期待してたなんてことは、断じてない。
 ぶっちゃけ、相変わらず自分の腕の中で幸せそうな顔が見られただけで、よかったのだ。

 取るものもとりあえず、着てきた制服。学校を目前にして今さら、どこにも着こなしに落ち度はないか確認して、胸を撫で下ろす。かなり焦ってたけど大丈夫みたいだ。
 目覚ましになるように、床に落ちていたごてごてした携帯を拾って耳元に置いてきた。床に落ちているのはベッドでかなり動き回ったせいだ。あんな時にまでそばに置いておくな、なんて思うんだけど。
 とりあえず、本当に時間通りに登校してくる確率は、ほぼゼロパーセント。





 んー、と喉から声を鳴らして目を覚ます。
 ぼやけた頭では状況処理が追い付かなくてぼんやり自分の身体を眺める。
 なんでキャミ1枚なんだっけ。
 胸の辺りまで盛大にくしゃくしゃになってる布を撫でながら何となく思い出す。
 ああそうだ。
 自分の体を見下ろして、面白いくらいに跡が残されてないな、と思って、ようやく下腹の脇に見つける。擦ったような赤い跡。背中を確認しようとして無理な姿勢に断念する。
 気になったので、着崩れたほぼ裸のままでベッドから抜けて、部屋の全身鏡に向かって背を向ける。
「あ」
 そこでようやく目が覚めた。





ブランチタイムは箱の中






 そんなに背フェチだったかなあと考えながらシャワーを浴びる渋谷は、最中にそこを弄るたびに筧にいい反応を見せていた自分を知らない。
 腰を抱くと自分で隠すことのできない場所だということが、よく分かった。これじゃ水着が着れない。
 それに、ローライズのパンツに合わせてふわっとした短めのアウターにちらっと腹を見せるスタイルもできない。筧め。
 何度も着信のあった携帯を恨めしく思い出す。もちろんそんなんで起きる渋谷じゃなかったけれど。

 部屋を見回すと、筧がいたという痕跡がどこにも見当たらなかった。どんだけお行儀がよろしいんだか。
 いつも通り念入りに支度をして、制服に身を包み、渋谷はやっとのことで家を出た。





 学校に着いたのはちょうど昼休みが終わるころだった。そういやお腹減ったかも、と教室に向かう生徒の群れで混雑する、エレベーターホールで腹を押さえる。
 今さら購買に行ってもろくなパンが残ってないだろう。鞄に詰め込んだお菓子で保たすか。そう決を出した時、頭ががくんと落ちて、目の前にビニールの包み。
「アボサラパン!」
 ぐわしっと引っつかみ、頭の重りを支点にして180度回転する。
「遅ぇ」
 渋谷の頭に腕を乗っけたまま呟く筧がそこにいた。いつも通りの、筧だ。
「本当にこれくれんの?まじで?」
「ああ」
 筧は腕を退けて少し乱れた渋谷の髪を撫で付けてやる。肩にかけた鞄も持つ。抵抗なく託されるそれ。
「ってか袋破いてから聞くな」
「あ、定員だ」
 筧の言葉に構わない渋谷の、前に並んでいた男子がすごすごと戻ってくる。まんまと乗り込んでいるその友人たちの薄情な声をBGMに、渋谷は筧が飲んでいたペットボトルを軽い断りだけでいただいた。ちなみにアボカドサラダパンはカニサラダパンと並んで巨深高校でかなりの人気商品だ。すぐに売り切れてしまう幻の一品。そんなものをなぜ簡単にくれるのか、渋谷は理由を考えない。
「歩きながら食べるなよ。渋谷はすぐこぼすから」
「はいはい先生」
「先生はやめろ」

 隣のエレベーターがほどなく到着して、渋谷は前の男子に続いて乗り込んだ。筧も追従する。
 最初のほうに並んでいたから隅っこに2人で並ぶ。2人のクラスは最上階だ。ここにいても困らない。
「そいや朝練は間に合った?」
「・・・間に合った」
 心なしか顔を赤らめる筧。それにつっこむ前に生徒が次々乗り込んできて2人はぎゅむっと押された。お決まりのブザーが鳴り響いて、残念がる声の後に空間は少しゆるくなる。

 一般のエレベーターではないため、エレベーターの中はガヤガヤとうるさい。人に埋もれる渋谷に比べて、頭1つ以上飛び抜けた筧。1人涼しげな顔で、ムカつく。上履きなんてぺたんこで、外で会う時よりさらに自分が小さくなったような気になる。
 筧は渋谷から向けられる恨めしげな視線の理由について見当が付き、笑う。
「抱っこしてやろうか?」
「恥ずかしいから、いい」
 口を尖らす渋谷は、開けてしまったパンの袋に気をとられていて、両手がふさがっている。購買部オリジナルパンなのだ。気を付けないと本当にこぼしてしまう。
「こんな混んでる時間にエレベーター乗るのひさびさー」
「だろうな」
「むー。早く食べたい」
「我慢しろ」

 胸の前辺りで品物を両手に抱えている様子は意外ではなく、幼稚だった。筧は腰に手を伸ばし引き寄せる。
「ちょっと、いいって言ったじゃん」
「んー」
 あいまいな返事。さっき言ったことを実行するために力が入るわけでもない。
「筧?」
 大きな手が他の生徒に気付かれないまま腰に回る。指が制服の裾から直に背に触れて、スカート越しに腰を撫でる。モノに釣られてすっかり忘れてたことをその仕草で思い出した。
「何だよ」
 身長差から言って仕方ないのだが、上目遣いに睨まれて筧はとぼける。持ってるパンの袋と相まってまるで迫力がなかった。
「このむっつり」
 尖らせたままの口から出た言葉は結局それだけだった。
 筧は否定もせず苦笑するに止めた。

 階が進みエレベーターの中が空いてくる。くっついていた2人は自然と離れた。だが筧の鞄を持っていないほうの手は、依然、渋谷の腰に添えられたままだった。
「おっ降りた」
「・・・だな」
 偶然にもあと3階というところで2人以外が全員いなくなった。ちなみににエレベーターが充実している巨深高校だが、使用は4フロア以上移動する時に限られている。エコのためだとか何とか。筧は守っているが渋谷はほぼ守っていない。その程度のルールだった。
 つまり、上に向かうこのエレベーターでこれから乗ってくる人は、ルール上ではいないのだ。

「残ったか?」
 腰の辺りを指でなぞって筧は問う。気を遣うべき周りに、人はいない。
「残ってますけど、何か?水泳の授業は着替えるの気まずいし、今週末のプールにもいけませんけど、それが何か?」
「・・・悪い」
「とか思ってないでしょ」
「バレたか」
「・・・ってほんとに思ってないのかよ!」
 両手がふさがっているため、渋谷は体全体でつっこんだ。
 筧は甘んじたが支えた手を離さない。くっついたまま上半身を折るように屈めて、エレベーターが到着の音を鳴らすまで束の間の沈黙。





 離れて自然に目蓋を開くと至近距離に顔がある。昼練のために急いで着替えたせいで、筧の襟元が珍しくも開いている。
「・・・おはよう」
「・・・はよ」
 ようやく、朝の挨拶をした。
 ちらりと見えるその奥に、跡が残っていて渋谷は1人、満足した。





―――――
これでどうつなげと…?

アンプサンとこの2人で書いたつもりなんですが(だってラブラブだから)、うっかりたまにうちの2人がいるような気がする。

あ、あのシャツで隠れた部分にキスマークはついてたってことでー。

お礼話にこっそリンク。

昼担当:瀬奈次郎



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