小説
□触れた手は止まらない
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それは何の気なしに現れた、恋の始まり。
『触れた手は止まらない』
「にゃー」
相変わらずの七海さんがテーブルに突っ伏す。
横には名前と矢印と小さな文字がたくさん書かれた紙。そしてシャーペン。
何かを考えていたのだろう。
でもまとまらなかった。
それで彼女は放り出した。
拗ねている。
自分から招いた事態にも関わらず、面倒な人だ。
私は無視を決め込み本を読み続ける。ちょうど話の中でも、七海さんに似た人が「疲れたー」と言って主人公にもたれかかった。
七海さんの場合は…まあ、このテーブルだけれど。
「うぅ…もうダメだよぅ」
情けない声をあげて、今度は丸めてた背を伸ばして床に寝転がる。
せわしい人だ。
次は、うん、そうそう、左右にごろごろするんですね、わかります。
想像通りの動きをされ、ため息が出る。
いくら人がいなくて広さのある部室と言えど、はっきり言ってウザい。
ウザいったらない。
私の嫌そうな視線に気付いたのかそうでないのか。
七海さんはまた起き上がると、はぁ、とため息をついて項垂れた。
落ち込んでいる。
うむ、まあ、静かなら良い。
ただ、こうも暗い雰囲気は好きじゃない。
だからつい手を伸ばした。
彼女の頭をぽんぽんと撫でてやる。
すると、同じ動きで頭をさげる。力はいれてないのだが、それだけ彼女の力が抜けているという事なのだろう。
まったく。
貴女に元気がないと調子が狂います。
もう少しの間、撫でてやる。
気恥ずかしいので、視線は本に向けたまま。
ただ、彼女が何も言わず静かにずっと受けているので、不審に思った。
ただそれだけの事で顔をあげて後悔する。
彼女は。
七海さんは。
とても嬉しそうに。
とても気持ち良さそうに。
とても、幸せそうに。
笑っていた。
それから私は彼女の方を見れなかった。
ただ撫で続けていた。
止めようにも、止められない。
こんな小さな事で、彼女の魅力に負けた。
私は、早く沢渡くんが来れば良いとも、ずっと来なければいいとも、思ってしまった。
七海さんは、ずるい。
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